イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

哲学

サバイバーズギルトについて

前回に論じた、見知らぬ他者の苦しみをめぐる原理的なアポリアは、ある根源的な感情をめぐる問題につながっているのではないか。 「私たちは、罪悪感なしに生きてゆくことが可能だろうか。」 ここでは、サバイバーズギルトという概念を導入したいと思います…

原理的なアポリア

この辺りで、倫理をめぐる原理的なアポリアに目を向けておいた方がよいかもしれません。 「倫理は、不可能にも見える贈与を行うことを人間に求める。」 これまで、見知らぬ他者の苦しみに対して何ができるのかという方向で探求を進めてきましたが、この方向…

幸福であることの残酷さ

本題に戻ります。 「たとえ、見知らぬ他者の苦しみがわたしには全く関係のないものであっても、わたしはその他者にできることをした方がよいのではないか。」 すでに論じたように、わたし(私たち)が自分でも知らないうちに他者を傷つけている可能性はある…

「倫理的なエゴイスト」

ここで少し話題はそれますが、次の点について論じておくことにしたいと思います。 「現代の人間は、倫理的なエゴイストとして生きるという可能性にさらされているのではないか。」 倫理的なエゴイストという言葉で、ここでは、何が正しいかを知ってはいても…

血は慎重に隠される

前回の論点をもう少し補足しておくことにします。 「暴力は、見えないところで振るわれる。」 前回に挙げた例でいうならば、近世ヨーロッパの人びとは、自分たちが急速に獲得しつつある豊かさが、黒人奴隷をはじめとする多数の見えない他者たちの犠牲の上に…

歴史が私たちに語ること

それにしても、苦しんでいる見知らぬ他者を助けたほうがよい理由とは何だろうか。その根拠はさまざまに考えられますが、まずは次の点を挙げることができるかと思います。 「その他者は、私たちのことが原因で苦しんでいるかもしれない。」 たとえば、精神の…

渇望の二択と倫理の二択

ここでは、二択の状況を二組提示することで議論を整理してみることにします。 渇望をめぐる二択: 1.わたしは、他者を求める。 2.わたしは、他者を求めない。 この二択のうちのどちらを選ぶかは、それぞれの主体の自由に任されています。たとえば、筆者自…

スピノザ主義を問いなおす

今回の探求で検討したいのは、次のような言明に他なりません。 コナトゥスの自己表明: わたしは、わたしに生まれてよかった。 この家族に生まれてよかった。 この国に生まれてよかった。 まず最初に確認しておきたいのは、こうした言明のうちにはもちろん、…

想像力は必要か

考察をはじめるにあたって、まずは次の点を確認しておくことにします。 「苦しんでいる他者は、現実に存在する。」 わたしもあなたも知らないところで、苦しんでいる人がいるのではないか。このように言った時には、当然、次のような返答もありうるものと思…

見知らぬ隣人

ところで、他者をめぐる問題には、わたしとあなたという二者関係を越え出ずにはいない側面があるといえるのではないか。 「世界には、わたしの知らないところで苦しんでいる人々が無数に存在する。」 わたしとあなたということであれば、対話することが、互…

隔たりと思いこみ

そろそろ、無意味からの出口としての他者という当初の主題に立ち返ることにします。 「わたしはある意味で、あなたには永遠に到達することができない。」 他者であるあなたは、わたしの意識を超えています。したがって、わたしには、わたしの意識に映るあな…

耳をすますことについて

「哲学の務めのひとつは、人間に立ち止まることを教えることにあるのではないか。」 存在するという語についていえば、この語のうちにはらまれている底知れない深みのうちに分け入ってゆくためには、日常のあわただしい流れから身を引き離してみる必要がある…

存在という語は

「哲学者の生とは、ある面から見れば、存在という語への態度の変化のプロセスであるといえるのではないか。」 人生のうちで死と別れの経験をくり返すうちに、哲学者の心の中では、ある問いかけが重ねられてゆくことになります。 かつて「ある」と思っていた…

永遠と選択の問題

話題が愛の関係に及んだので、この機会に次の点について考えておくことにします。 「私たちの生は、別れの連続にほかならない。」 わたしと彼とは、一体どこですれ違ってしまったのだろう。互いに友でありつづけることなど当たり前だと思っていたのに、気が…

エウリュディケーは、最初から……。

傷と痛みについて考えつづけていると、ひとは次のようなイデーに捉えられずにはいないのではないかと思われます。 「わたしの生は、根源的に、わたし自身の自由になるものではない。」 わたしの生の方向を決定づけることが大きいのは、喜びよりもはるかに痛…

わたしを開くものは

無意味からの出口としてのあなたの存在を知るとき、わたしは、それまで気づくことのなかった事実にあらためて気づくことになります。 「世界には、わたしの他にも苦しんでいる人々が無数にいる。」 おそらく、人間は、自分自身が何らかの形で苦しんだことが…

他者の発見

「無意味からの出口は、わたしの意識を超える他者である、あなたのうちにあるのではないか。」 わたしが死にたいというほど苦しんでいる時、救いの唯一の可能性は、その痛みをあなたに投げかけることにうちにあるのではないだろうか。 あなたは、わたしの意…

問いのうちにとどまること

「もしも存在することそれ自体が悪でしかありえないとしたら、それならば、わたしはなぜ生まれてきたのか。」 生きることのみじめさをめぐる問いかけは、どこかの時点で必ずこの地点にたどりつくことになるのではないか。 「人間にとって最もよいのは、生ま…

生きながらにして死んでいる

外傷とその否認をめぐる考察から言えそうなのは、つまるところ、人間にとって最も重要な問いとは、次のような疑問なのではないかということです。 「存在するべきか、否か? To be or not to be?」 わたしは、生まれてくるべきではなかったのではないか。こ…

スクリーンは否認のために……。

1.唯一的な主体としてのわたしへの、わたし自身の存在の贈与あるいは外傷。(現実的なモメント) 2.コギト、すなわち思考する主体としてのわたしの思考。(想像的なモメント) もう少し詳しく、この二つのモメントの関係について考えてみることにします。 …

フィクションの危険性

1.唯一的な主体としてのわたしへの、わたし自身の存在の贈与あるいは外傷。(現実的なモメント) 2.コギト、すなわち思考する主体としてのわたしの思考。(想像的なモメント) 2は、1にもとづくことにおいてのみ可能になります。そして、2は1のモメントに…

外傷と事後性

「存在するという運命は、それを望むにせよ望まないにせよ、唯一的な主体であるわたしに課せられている。」 わたしが、この世にこの人間として生まれてきたこと。そして、わたしが今ここにこの人間として、存在していること。 このことは、わたしの自由には…

わたしがこの世に生まれ落ちたとき

「人間の自由は、おのれ自身にたいして贈られる運命を受け取ることのうちにこそあるといえるのではないか。」 人生を自己実現という観点のみから見ると、わたしの生は、わたしがわたし自身の望むことを現実化してゆくことに尽きるようにもみえます。けれども…

世界の贈与

「世界は唯一的な主体であるわたしに対して、ただ一つ贈与される。」 わたしと同じように、わたしが生きることになるわたしの世界もまた、唯一的であるという特徴を持っています。 わたしは、誕生のときに与えられたわたしの特異性に応じて、わたし自身の世…

窓を眺める子供は

もう一度、ニヒリズムのほうに話を戻すことにします。 「ニヒリズムの根底には、わたしにとって他者が存在しなくなっているという事情があるのではないか。」 この世界には意味がないと、わたしは感じている。しかしそれは、実はわたしがわたし自身の観点か…

Appendix:別の深刻な問題

「ニヒリズムの問題は深刻ではあるが、最も深刻であるとは限らない。」 前回すでに論じたように、おそらくニヒリズムの問題は、社会-経済的な条件が整った、物のあふれる「豊かな世界」において本格的に発生します。その意味では、この問題は「特権的に恵ま…

物があふれているからこそ……。

「ニヒリズムが蔓延しているということは、人間が他者と取り結ぶ関係が変化しつつあることの兆候でもあるのではないか。」 今日の人間は確かに、他者たちとともに生きてゆくことに倦み疲れています。けれども、このことは逆に、他者への渇望がかつてよりも深…

ニヒリズムは派生的である

「望むにせよ望まないにせよ、わたしには、あなたとの関係を求めるのをやめることができない。」 関係の具体的な状況はさまざまであるとはいえ、これが人間の生を根底から条件づける渇望であるように思われます。 わたしは確かに、あなたと呼べるような他者…

渇望、それでもなお

「本当の意味での他者たちとの関係は、関係の不可能性に直面するところからはじまるのではないか。」 お互いに、自分が見たい面だけを相手のうちに認めつづけていること。そして、他者がわたしとは違う仕方で考えているということに、私が耐えることができな…

他者のいない世界

人と人との関係については、生きるうえで次のことを改めて受け入れておいた方がよいのではないか。 「人に関わらないことも、人と関わりつづけることも、人間に苦しみをもたらさずにはおかない。」 人間と深く関わるということは、おそらくは誰にとっても、…