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イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

弱いものに愛を

今回で『弱さと神の問い』はひと区切りということにしたいと思いますが、最後に、問いかけをはじめたところに立ちもどってみることにします。 「弱いものたちが生きてゆくためには、何が必要だろうか。」何もできないこと、この世の中でなすすべがないこと。…

最も単純な問い

前回の記事で扱った法然は、知恵では他に並ぶものがないと言われるほどの人だったそうです。彼は、あらゆる書物を読みつくし、当時の哲学と思想に誰よりも精通していました。 けれども、彼は、広大な知識に満足することは決してできませんでした。「死んだの…

神の問いは哲学に属する

ところで、神の問いについては、次のように言う人もいるかもしれません。すなわち、「哲学は人間が知りうることだけを論ずるべきであって、神などという、いるかいないかわからない存在にかかわるべきではない。」 このような態度は、とりわけ現代の哲学のう…

愚かさに賭けること

ところで、神による救いについては、その「ありえなさ」から目を背けておくことはできません。今回は、この点に触れておくことにします。 この宇宙は、人間には想像することができないほどに広大です。また、最近には重力波が観測されたというニュースが世の…

この国の先駆者たち

ところで、絶対的外部性という概念については、日本の中世における先駆者たちともいうべき人たちのことに、ここで触れておきたいと思います。それは、法然と親鸞です。 弱さと死、そして、そうしたものからの救い。法然や親鸞の思想と、この「弱さと神の問い…

絶対的外部性について

今回の記事では、ひとつの概念を提出してみたいと思います。それは、「絶対的外部性」というものです。 もしも神が存在するとするならば、人間にはもちろん、神がどのような存在であるのかを知りつくすことはできません。私たちが思考のうちで神に触れるとし…

死にいたる思想

前回の記事のつづきを書こうと思っていたのですが、ちょっとダウンしてしまったので、今回はそのことを書くことにします。 前回の記事を書いたあと、僕はピノコくんと電話をしました。話題は、神の愛のことに及びました。会話はどんどんディープな方向に進ん…

限界のない愛について

ここのところ、少し話が逸れましたが、そろそろ「弱いものの思想」に戻ろうと思います。後半は、いきなり本題から入ることにさせてください。 死にさらされている弱いものたちに必要なのは、無条件の愛、限界のない愛なのではないか。それは、絶望や死からも…

思想のアンダーグラウンド

以前にツイッターで少しだけ書きましたが、今日の記事では、一つの言葉を提起してみたいと思います。それは、「思想のアンダーグラウンド」というものです。 おそらく、僕は当分のあいだ、ブログとツイッターを中心にして活動することになると思われます。「…

きーささんの疑問

前回の話のつづきです。新宿のケバブ・スタンドできーささんとお話したとき、とくに印象に残ったのは、きーささんが投げかけた、次のような疑問でした。 「philo1985さん。イエス・キリストの福音についてお尋ねしたいんですが。ちょっと前から気になってて…

新宿都心でグッドニュースを語る

脱線ついでに、このあいだの木曜日にあったエピソードについても書いておくことにします。 先週の木曜日、僕とピノコくんは、新宿にあるコクーンタワーの前で、座っていました。というよりも、倒れこむようにしてうずくまっている僕の隣で、ピノコくんが座り…

とてつもないグッドニュース

ここのところ、死についてひたすら書いてきたせいで、少し暗くなりすぎた気もします。今日は「弱いものたちの思想」は少しだけお休みすることにして、先々週の土曜日の夕ごはんについて書いておくことにします! 土曜日の夜、僕は助手のピノコくんと、東京駅…

「もう死んでいるはずなのに、なぜ」

絶望についてもう一点、分析を加えておくことにします。 去年の11月、いちばん辛かった時期のある日の午後、僕はピノコくんに会いにゆくために、渋谷から駒場にある大学まで、歩いていました。その時、次のような思考が、ふと頭に浮かんできました。 「自分…

僕自身の弱さ

今日は、僕自身の弱さについて書いておくことにします。 ここ数回は哲学の言葉で記事を書いていて、「久しぶりに、哲学に真剣に向きあおう!」という気になっていました。今のうちに、自分の哲学といえるものを残しておこうとも思いました。 ところが、ここ…

人間性の根底にあるもの

ところで、弱さについては、それを考えないようにする力が人間には強く働いているように思います。それは、誰でも、自分の弱さを考えないですむならば、それに越したことはないからです。 誰でも、状況によっては、いつでも徹底的な弱さのうちに落ちこむとい…

絶望の体験について

「弱いものたちの思想」。この思想はまずもって、絶望にたいする答えを用意しなければならないと思います。弱い人たちはみな、多かれ少なかれ、絶望によって打ちひしがれることになるからです。 絶望の体験については、すでに以前の記事で書きました。状況は…

弱いものたちの思想

Tさんやゆたさんをはじめとする、同世代の人たちとの会話を通して最近つよく感じているのは、「僕たち若い世代のうちの少なくない人が、どうしようもなく弱りきっているのではないか」ということです。 「生きること自体がつらい。」「すべてのことに、意味…