イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

最新シリーズ

第三の位格

三位一体論に話が及んだので、この機会に第三の位格についても触れておくことにします。 「信仰の言葉によれば、人間は、第三の位格である聖霊が働くことによって神を信じるようになる。」 何かを信じるようになるということは、よく考えてみると、とても不…

「はじめに、ロゴスがあった」

ロゴスという概念について語ることが難しいのは、ロゴスもまたイデアと同じように、信仰対象という性格を持っているからです。 世界を創造する言葉という意味でのロゴスという概念をはじめに打ち出したのは、フィロンという古代のユダヤ人哲学者でした。その…

ロゴスとイデア

来たるべき知恵の探求を、ここで仮に哲神学と呼んでおくことにすると、哲神学的な観点からは、次のような点を指摘することができそうです。 「ロゴスとイデアは、それぞれ〈語られたもの〉と〈見られたもの〉として、互いが互いに向けて対向する。」 信仰の…

イデア論をめぐる七つの論点

今回は少し(かなり?)マニアックになりますが、イデア論をめぐる七つの観点を提示しておくことにします。 1.認識論的観点。フッサールの研究は、意識における意味作用のイデア的同一性を発見するところから、本格的に始まりました。のちに「本質直観」と…

この世はイデアのまわりを回る

本題からは少し外れますが、よい機会なのでここで脱線して、以下の点について考えておくことにしたい。 「イデアは存在する。」 キャンディーズのメンバーたちは、「恋する普通の女の子」に扮して歌を歌います。しかし、誰もが知っている通り、「恋する普通…

キャンディーズ『暑中見舞い申し上げます』

やはり、一曲だけでもキャンディーズの名曲を紹介させていただきたいという思いを抑えることができません!季節はもう夏ということで、FINALサマーチューン『暑中見舞い申し上げます』を分析してみることにします。うーわお! キャンディーズ/暑中お見舞い…

存在論的差異とは

というわけで、哲学の未来のためにも、ぜひともキャンディーズの魅力の秘密に迫っておきたいところですが、ここで私たちは、マルティン・ハイデッガーが存在論的差異と呼んだモメントに注目しておく必要があるように思われます。 「存在論的差異とは、存在者…

キャンディーズをたたえて

哲学がこの21世紀を力強く生き残ってゆくためには、どうすればいいのか。その問いへの答えを求めつづけていた筆者は、ひとつのヒントとなるかもしれないアイドルの存在に、あらためて注意を向けさせられました。 「キャンディーズは、ヤバすぎる。」 昭和と…

哲学の戦場

「バック・トゥ・ザ・生者の世界。」なんとか死者の中からの復活を果たし、2017年のバビロン東京に戻ってくることができましたが、さて、これからどうするべきか……。 「哲学に、何ができるのか。」 筆者は哲学の道をすでに選びとってしまいましたが、これは…

久しぶりに踊ろう

愛について書くはずが、気がつくと自己破壊について書いていました。この際、さらにもう一車線分脱線しておくことにします。 「人間には死もあれば、死者の中からの復活もある。」 この一ヶ月ほどの停止期間のおかげで、ひとたびは完全に死にかけた筆者も、…

自己破壊のエクリチュール

ところで、ひとが自己について書く時には、次の二つのケースがありうるように思われます。 1.自分の現状を肯定しながら書く。(自己保存のエクリチュール) 2.自分の現状を断固として否定しながら書く。(自己破壊のエクリチュール) 1は、わりに穏当なタ…

現状について自問する

人生に悩むことは必要であるということで、今回の記事では、自分の実存のうめきを最後まで吐きだしておくことにします。 「筆者にはもう、このブログで書きつづけることしか残されていない。」 もう何度このことについて書いたかわかりませんが、おそらく、…

軸のブレをめぐる三つの言葉

しかし、考えなおしてみると、人生の軸がブレまくるというのは、哲学者の宿命というものかもしれません。 「大きく思惟する者は、大きく迷わねばならない。」 マルティン・ハイデッガー 迷いまくることこそ、思索の道を歩んでいることのしるしであると、ここ…

哲学か伝道か

超サイヤ人哲学者3はともかくとして、前回の記事を書いたのちに、次のような疑問が浮かんできてしまいました。 「筆者は哲学者として生きるだけではなく、伝道者として生きるべきではないのか。」 正直に言って、今の筆者は、神の愛を伝えようと努力しつづけ…

人生の総合競技

話がつい本題から逸れてしまいましたが、これを機会に、もう少しだけ脱線しておくことにします。 「哲学とは、人生の総合競技である。」 前にも少し書きましたが、筆者は最近、哲学の道の奥深さを前にもまして思い知らされています。この道は、はてしなく長…

『ガラスの仮面』

思い返してみると、『ロトの紋章』は、女剣士ルナフレアや老師タルキンが勇者アルスを守るために死んでいったり、賢王ポロンの両親が自分の村を守るために自爆呪文メガンテで命を捨てたりするなど、自己犠牲のスピリットをこれでもかというほどに示してくれ…

『ロトの紋章』

物事の自然な姿は究極にあるとアリストテレスも言っているので、いきなりではありますが、愛の究極のかたちについて考えるところから考察をはじめてみます。 「与える愛とは、究極のところでは、見返りを求めない愛である。」 通常の人間関係においては、ギ…

哲学を再開する

五月の人生の停止状態のあいだには、シルクロードの勉強に没頭していた時期もありました。そのため、敦煌やカシュガルの魅力について書きまくりたい思いも高まっているのですが、そうなると、もはや何のためのブログであるのかわからなくなるので、これから…