読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

結婚しよう、ピノコくん

……わかってはいるんだよ、ピノコくん! 「……何が?」 僕にはもう、この人生しかないのだ!哲学に全力で打ちこむのが、僕のこの、一回かぎりの人生なのだ。それなのに、何度もそのことを書かなきゃいけないってことは、僕はまだこの後に及んでも覚悟が決まり…

ポイント・オブ・ノー・リターン

哲学者は真理に仕える召し使いになる必要があるというのが前回の記事の主張でしたが、この点については、次の点を論じておかなくてはなりません。 「真理の道を突き進むことは、喜ばしい生き方であることは間違いないが、時にその道のりはとても険しいものに…

最良の主人とは誰か

哲学を極めるために必要なことを考えるという今回の探究も、そろそろ大詰めを迎えつつある気がします。人生をかけて追い求めてゆくべき課題として、次のものを掲げておくことにします。 「何よりも、真理そのものを最優先しつつ、この人生を生きぬくこと。」…

哲学史との対峙

哲学を極めようとする人には、過去の先人たちとの対話に加えて、次のような課題を引き受けてゆく必要があります。 「自分なりの哲学史の見方を練りあげてゆくこと。」 哲学には、時代とは関係のない永遠の真理を追い求めるという側面も確かにありますが、真…

恩師からのメール

哲学への愛という目下の話題については、友愛というトピックの重要性について注意を払わないわけにはゆきません。 「哲学のスピリットは、人から人へと伝わってゆく。」 ヘーゲルという人はこのスピリットの次元について、類まれな感性を備えていたように思…

哲学で何よりも大切なもの

さて、哲学の練達への道をたどるにあたっては、とにもかくにも次の点だけは欠かせないように思われます。 「何はなくとも、哲学を愛して愛して、愛しつくす。」 孫悟空は、なぜ、超サイヤ人3の高みにまで達することができたのでしょうか。使徒パウロは、なぜ…

はるかなる道

哲学には情熱の火、あるいは魂の炎が必要であるというのが、筆者の信じるところですが、最近になって必要だと特に痛感しているものが、もう一つあります。 「哲学には、思考のたえざる鍛錬と彫琢が必要である。」 哲学は、頭脳の活発な若者の思いつきだけで…

哲学に炎は必要か

ところで、哲学という営みのあり方について、この機会に提起しておきたい問いが一つあります。 「哲学をするのに、燃える心は必要か。」 この問いに対する答えとしては、次の二つのものが考えられます。 1.必要ではない。理性によるロジックの積み上げだけ…

二者択一の脱構築

「キリストの方に突っ走りすぎたら、誰にも読んでもらえなくなるんじゃないの。」最近、助手のピノコくんからこのように言われることが、たびたびありました。確かに、先月の『メシア入門』では、かなりディープなところにまで、わき目もふらずに突っこんで…

メシア入門のおわりに

メシアの問題系へのイントロダクションを行うという今回の探求の課題はいちおう前回までで果たしたということにしますが、十字架の出来事について考えることができなかったのは心残りです。 それというのも、イエス・キリストの福音は、十字架の出来事のうち…

無知についての筆者の考え

さて、人間が置かれている状況は、次のようなものであると思われます。 1.誰もが、根源的なしかたで無知である。 2.それにも関わらず、誰もが何かを信じつつ生きている。 1のような根源的無知のモメントを自覚するとき、ひとはソクラテス的な知恵を生きる…

根源的な無知について

哲学と神学の境界不分明性テーゼ : ひとは、哲学がどこで終わり神学がどこで始まるのかを、確定することができない。 このテーゼがもたらす結果は、哲学的にみてきわめて重要であるように思われます。このテーゼの系を見ておくことにしましょう。 境界不分…

哲学と神学の境界不分明性テーゼ

死後の問題については、次の論点を見ておくことにしたいと思います。 「死後の問題は、人間が解決するのではなく、メシアによって解決される。」 この問題においては、人間にはイニシアティブを握ることが決してできません。人間にできるのは、ただ、メシア…

メシアは哲学を完成する

死と復活の問題は、メシアと哲学の関係について考えなおすという可能性を私たちに提示しています。この可能性を、ここでは次のように言い表してみることにしましょう。 「メシアは哲学を破壊せず、完成する。」 筆者は、死の問題はメシアなしには曖昧なまま…

死の問題、あるいは哲学への挑戦

死者の復活という出来事には、簡単には汲みつくしえない深い意味が含まれていそうですが、ここでは試みに、次のようにその意味を言い表してみることにします。 「死は、乗り越えられうる。」 神が、キリストを死者の中から復活させたとしてみましょう。この…

パウロの証言

「最も大切なこととしてわたしがあなたがたに伝えたのは、わたしも受けたものです。」 メシアの知らせを告げ知らせ、その後にキリスト教と呼ばれることになる運動の巨大な発火点の一つとなった使徒パウロが、この知らせのコアになる部分について書いている箇…

死者の中からの復活

メシアのことがわかったとして、一体どのようにしてその知らせを信じたらよいのだろうか。この問いにたいしてイエスはくり返し、次のように答えています。 「もし、わたしのことが信じられないなら、わたしの行うわざによって信じなさい。」 言葉だけで信じ…

生き方が変わるとき

メシア的瞬間において信じるという出来事のうちに引き入れられたひとは、そののちに、もうそれまでの生き方を続けることができません。 メシアを信じた人は、すぐに自分のまわりにも、その知らせを伝えようとします。「私たちを救ってくれる人が、この世にや…

メシア的瞬間について

「メシアがこの世にやってきた」という知らせを聞く時には、ひとはメシア的瞬間とでも呼ぶべき時間性にかかわりを持つことになります。 メシア的瞬間は、人間にたいして法外な真理が提示される場にひとを引き込みます。この真理は、理性に反するわけではあり…

すべての人の救いという問題

今回の記事では、次の論点について考えてみることにしたいと思います。 「メシアは、その人がもしも本当にメシアであるならば、苦しみのうちにあるすべての人を救うことができるはずである。」 わたしがたとえ今は苦しんでいないとしても、世界には苦しんで…

終末に愛を

「philo君。軽々しくは言えないことだが、わたしは、この世界の終わりがとても近いのではないかと思っているのだ……。」 ワルシャワの教会でお世話になった、ポーランド人のM牧師とお話しさせていただいたときの言葉です。ポーランド・リトアニア旅行と万物の…

リトアニアの思い出

個人的な話になってしまいますが、万物の終わりというテーマについては、去年の春のポーランド・リトアニア旅行のことを思い出さずにはいられません。 この旅行は、クリスチャンの人とクリスチャンでない人が合わせて30人ほど参加した団体旅行で、僕は助手の…

万物の終わり

本題のメシアのほうに戻りましょう。このテーマについては、危険なポイントであることは否めませんが、次のような時代認識と切り離して考えることができません。 「万物の終わりが、迫っている。」 キリスト者の認識によるならば、イエス・キリストがこの地…

ユダヤ人と私たち

「ユダヤ人とわたしに、何の関係があるのかね。わたしは生まれてからこのかた、ユダヤ人なんて、たったの一人も見たことがないんだぞ。」 それこそ、真相は神さまに聞くしかありませんが、聖書によると、私たちの魂は、ユダヤ人の歴史があったからこそ救われ…

聖書のウルトラツイスト

ところで、聖書には旧約と新約の二つがあることはよく知られていますが、聖書のメッセージをメシア=救世主という観点から一言で要約すると、次のようになるかと思います。 1.旧約聖書……ユダヤ人は、メシアを待ち望む。 2.新約聖書……メシアが来たので、全…

同志を求めつつ……。

最近、筆者は、聖書のマニアックな話で盛り上がることのできる知り合いが少ないことに悩んでいます。 私見にはなりますが、世界のあらゆるジャンルの本を読みあさったのち、筆者自身は、「聖書こそ、魂の救いという観点からのみならず、面白さからみても最強…