イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

最新シリーズ

この世はゲットー

この機会に、ここ数ヶ月の間うっすらと考えていた論点に触れておくことにします。 「自分が幸福なときにこそ、他者の苦しみについて考える必要があるのではないか。」 前回の記事を書いてのち、油断したせいで目を使いすぎ、久しぶりに心身ともに沈み込んで…

空を飛んでいる

……結局僕は、わりと手頃なところで幸せを見つけてしまう人間なのかもしれない。岩波文庫に入りたいとか言ってるわりに、住宅地の片隅の学習塾で勉強を教えている今の生活には、めちゃくちゃ満足しているのである。 昔、仲良くなった子に、「先生は将来、どん…

天命には逆らえない

前回の記事を書いてから二日間考え続けてみましたが、やはり結論は動かないようです。 「人間は、天命に逆らうことはできない。」 天命のようなものは、その存在を論証もできなければ反駁もできません。従って、その存在を信じるかどうかは各人の思想と経験…

「ただ、ひとつの必然さえあれば……。」

前回の記事を書いた後、燃えたあまりこのブログの題名を『ラストサムライ』に変えようかとも思いましたが、近日中に極度の後悔に襲われることは必至と思われるのでやめておくことにします。 「人間には、天命が必要である。」 俺には、必然がほしい。ただこ…

「この時代にあって、哲学者とは……。」

「この時代にあって、哲学者とは一体何であるのか。」 すでに、知識人という言葉が実質的にみて意味を失いつつあるこの時代にあって、哲学者であるということの意味もまた、自明ではなくなっています。 自然科学の開拓者でもあった近世の哲学者たちはおそら…

自問自答

「岩波文庫入りするためには、同時代の評価を気にするべきではない。」 紋切り型とも言えるテーマですが、やはり押さえておくことにしましょう。岩波入りを狙うためには、とりあえず以下の二つの道が考えられます。 1. 岩波書店に勤務する、将来の有望そう…

大穴の可能性

「一つの国のあり方のよさを判断するためには、哲学的考察が必要とされる。」 たとえば、私たちが日本という国について判断するときには、日本においてはブログ文化が相対的にみて豊かである(前回の記事を参照)という事情を念頭に置いてみることはあまりあ…

「メディアがメッセージを決定する」

本題に戻ります。 「一つの国のあり方は、その国で生きる人間自身が気づかないところで影響を与え続けている。」 たとえば、フランスにおいては、ブログやツイッターは日本よりもはるかに活気がないそうです。特に、ブログ文化の方は黎明期を経て次第に定着…

軸の再確認

前々回と前回の記事を書いたあと、この辺りで少し歩みを止めて、進むべき方向を再確認しておいた方がよいような気がしてきました。 「筆者は、何を書くべきか。」 自由に書けるということは、何を書いてもいいぶん、何を書いていいかわからないという迷いに…

哲学と国家

国という主題は哲学者にとっても、無視できない問題を提起しているといえるのではないか。 「真に創造的な哲学と国家との関係は、どのようになっているのか。」 たとえば、ヘーゲルやニーチェの哲学のように、よく言えば壮大な、見ようによっては大仰な哲学…

一つの国で生きるとは

そろそろ本音と嘘という主題から少し離れて、問いの基調をずらしてみるべき時かもしれません。 「『もうこの国で生きてゆきたくない!』という叫びの正当性は、どのように判断しうるか。」 おそらく、世界のどの国に生まれたとしても、自分の国で生きてゆく…

傲慢についての人間学的考察

今回はアリストテレス風に、忖度の反対物は傲慢であると言明するところから考察を始めてみることにします。 傲慢の定義: 傲慢とは、他者への顧慮を欠いたままに行われる、自己の意志能力と行動力の際限なき行使である。 もういい。俺は結局のところ、俺でし…

思いやりとの分水嶺

今日(5月28日現在)はハッスルした海外視察旅行の直後なので、目の前の現実が鬱すぎてやる気が出ないという本音はあるのですが、何はともあれ、哲学の探求を続けることにします。 「忖度と思いやりの分水嶺はどこにあるのか。」 媚びとへつらいからなる忖度…

忖度のパラダイス

ハイキングに行きたい人は誰もいないのに、結果としてはみなでハイキングに行ってしまうという困った問題(詳細は前回の記事を参照)は、忖度という概念について考えることを哲学者に要求しています。 忖度の定義: 忖度とは、場の空気、あるいは場を支配す…

「ハイキングに行きたいのは誰か?」

「人生においては時に、ネガティブとも取られかねない発言が必要とされる場合もあるのではないだろうか。」 過度の悪口を抑える必要があることは言うまでもありませんが(ただしこれは無論、容易な仕事ではない)、この世には、これはどう見てもおかしいとし…

悪口の車輪

前回の議論から、派生的ではあるが重要な問いが浮かび上がってきます。 「哲学者は、自分に対する悪口すらも知ろうと努めるべきだろうか。」 まず出発点として、およそこの世においては、悪口を一言も言われていない人間はほとんど誰もいないという事実を確…

弁証法の外部

「本当に危険すぎることは、裏アカウントにすら書かれない。」 裏アカウントなるものの登場によって、慎ましさを美徳としていたこの国にも、ついに憧れの(?)本音丸出しワールドが部分的に到来しつつあることは確かですが、それでもこの世のすべてが語られ…

アカウントの弁証法

もう一度、本アカウントと裏アカウントの区別に立ち戻ってみます。 哲学者の本アカ:「わたしは純粋に、真理のみを追求する。」 哲学者の裏アカ:「わたしは切実に、岩波文庫に残りたい。」 ここでまず重要なのは、裏アカウントの願望が切実であるのと同様に…

何のために書くのか

まずは、私事を片付けておくことにします。 「筆者はこれから、何をどのように書いてゆくべきか。」 岩波への切っても切りがたい執念(執着とも呼べようが、哲学者にはなべてこの固執が必要なのではないかという気もしないでもない)についてはすでに書きま…

「哲学者の裏アカウント」

そろそろ、嘘という当初の主題に近づいてゆく準備が整いつつあるようです。 「哲学者には、おのれの欲望について嘘をつくことが許されるか。」 行きがかり上、哲学者を範例にとって考えてみることにしましょう。哲学者の発言にも本アカウントと裏アカウント…

パロールかエクリチュールか

「人間疲労との関係においては、哲学者にとって、パロールかエクリチュールかという二択は死活的に重要である。」 哲学の世界の内輪話になってしまいますが(もっとも、何の領域においても真に興味深いのは内輪話に限るという側面がないわけでもない)、人間…

疲労と闇堕ち

だんだん自分でも何を書いているのかわからなくなってきましたが、今回は、人間疲労なる概念から考え始めてみることにしたい。 人間疲労の定義: 人間疲労とは、人間性に対する一時的な倦怠である。 もうイヤなんだ、人間は。仮にそう思うことがあったとして…

マイルドな無関心

「この世には、同じ個性を持つ人間は二人と存在しない。」 すでに見たように、本音を言い合える友情の関係がこの上なく貴重なものであることは間違いなさそうですが、人と人を隔てる差異なるものの存在について考えるとき、事情は少し複雑になってきます。 …

本音の貴重さ

「心の内にあることを素直に語り合える友は、人生における真の宝である。」 まずは、上の点を確認しておくことにします。この点は、逆にそのような友人がいなかったらと想像してみるとき、より明らかになるでしょう。 社交の場での、人間同士のうわべだけの…

許される嘘なるものはありうるか

もうしばらくゆったりと書いていようと思っていましたが、次の問いがやって来てしまったので、これから考えはじめることにします。 「嘘をつくことは、いかなる場合にも悪なのか。」 正直に言って、倫理について書きつづけるのがしんどかったために少し休み…

和泉式部をめぐる随想

最近、哲学のかたわら日本の古典に夢中になっているので、そのことについて書こうかと思ったのですが、なぜか散歩して以来、和泉式部という語が頭を去りません。観念して、今日の記事は彼女に捧げることにします。 多くの才人を輩出した平安文学史上でもぶっ…

日曜日の小さな失敗

ツイッターに、意味不明な文章を載せてしまった。実質的なダメージが大きいわけではないとはいえ、後悔先に立たずとは、まさしくこのアプリにこそ特に当てはまる寸言であるように思われます。 筆者は自分自身のツイッター上に、このブログの記事のリンクと短…

休息と感謝

しばらくゆったり書いてみようと思っているのですが、書くことが特にありません。いずれ論じたい主題はいくつかあるのですが、しばらくは具体的なテーマを決めずにつらつらと書いてみてもいいかなという気がしています。 気がついてみると、もうゴールデンウ…

メンテナンスの次元

話が逸れたついでにはなりますが、筆者は四日前の雨の日に、このブログのためにコンビニで料金の支払いをしてきました。 このはてなブログには、「はてなブログPro」なるアップデート・ヴァージョンが存在しており、月額1000円弱を支払うとブログをそのヴァ…

三年間たってみて

前々回、前回と教育について少し書いてみて、この後も記事の中で考えつづけてみようと思っていましたが、どうもそれは時期尚早なのではないかという気がしてきました。 「よい教育とは何か」という問いに答えを出すには、まだ経験が足りなさすぎることは間違…