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イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

隠れた顔に向かって、確信は深まりつづける

1.神については、人間にはその存在を論証することができず、人間は、神の存在については信じるしかない。(無知のモメント)2.それにも関わらず、人間は、神自身が人間に働きかけているとしか考えられないような瞬間に遭遇する。(知のモメント) 1の命題…

神の存在証明、あるいは理想の結婚論

1.神については、人間にはその存在を論証することができず、人間は、神の存在については信じるしかない。(無知のモメント) 2.それにも関わらず、人間は、神自身が人間に働きかけているとしか考えられないような瞬間に遭遇する。(知のモメント) 上の二…

無知と知の逆説的な衝突

神の愛は、人間の弱さがその極点にたどりつく瞬間にこそ示される。ここにおいては、おそらく「示される」という言葉の意味のうちに踏みとどまっておく必要があるのではないか。 というのは、ここで示されるのが人間ではなく神の愛である以上、ここで問題にな…

もしも、そのような弱さを抱えた人が……。

人間にとって理解が不可能であるように見えるところで、それにも関わらず、神の愛を信じること。弁神論の完結不可能性テーゼからは、もしも人間が神のことを信じるとすれば、どこかで必ずそのようなモメントに突き当たらずにはいないという結論が導かれるよ…

弁神論の完結不可能性テーゼ

「悪の存在について、私たち人間はどう考えたらよいのだろうか。」実存することの深淵においては、この問いが、耐えがたいほどの痛みのうちで問われることになりますが、ここでは、次のようなテーゼを提出しておくことにしたいと思います。 弁神論の完結不可…

人間の声と神の言葉

「絶対的なものの秘密とは、愛である。」このテーゼについては、古来から人間が発しつづけてきた、次のような声を取りあげる必要がありそうです。 1.「もしも神がいるならば、なぜこの世にこんなにも多くの悪が存在するのか。」 悪という言葉をどのような意…

絶対的なものの秘密

ところで、哲学的探究が向かうべきものとは、絶対的なものにほかならないという見方に対しては、次のような意見もありうると思います。 「人間には、蓋然的なものにとどまることしか許されていない。絶対的なものとは、おそらくは理性の見る夢にすぎないのだ…

蓋然性と絶対性

奇蹟のほうに話を戻しましょう。 「奇蹟は、それを目撃したり、体験したりする人びとに、たった一度の出来事のみによって、それがまさに奇蹟であると信じさせる。」 自然科学においては、基本的には事象の反復にもとづいて理論が組み立てられてゆきますが、…

信仰対象というカテゴリー

信仰対象というカテゴリーは哲学の根幹にかかわると思われるので、ここで論点を整理しておくことにします。 1.信仰対象は、その存在を論証することができない。 2.それにも関わらず、信仰対象は存在論と倫理学にたいして決定的な重要性をもつ。 このような…

奇蹟の概念

恵みの次元について語るにあたっては、奇蹟という概念をここで導入しておく必要がありそうです。 「奇蹟は、論理的には十分に起こりうる。」 ここでは奇蹟を、神の意志による介入によって生じる超自然的な出来事と定義しておくことにしましょう。この意味に…

人生の逆転劇

3.もしすべての人間が自らの自由意志を貫徹させて生きるならば、いずれ地上からキリスト者は消滅する。 3の命題に示されているような事態を望まないキリスト者としては、次のような命題を信じるほかありません。 「人間がキリスト者になることを選びとるこ…

キリスト教の消滅?

1.人間はキリスト者になることを、決して自分からは望まない。 2.キリスト者になることは、自由意志によって選びとられるべきである。 前回に見た2の命題を念頭に置きながら1の命題を眺めていると、次のような帰結が導き出されることがわかります。 3.も…

自由意志と、愛しながらの闘い

さて、前回の命題に加えて、もう一つの命題を提示することで、今回の探求の出発点とすることにしたいと思います。 「キリスト者になることは、自由意志によって選びとられるべきである。」 信仰すること、あるいはより一般的に言えば、何かを信じることは、…

秘儀はリスキーか

今日からの探求のはじめに、一つの命題を提示しておくことにします。 「人間はキリスト者になることを、決して自分からは望まない。」 バプテスマ、すなわち洗礼という言葉は、信仰を持っていない方にもわりとよく知られているのではないかと思います。ヨル…