読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

現代のブッディスト、ジル・ドゥルーズ(4)

現代のブッディスト、ジル・ドゥルーズ 哲学

出来事が、現勢化されないものと捉えられていても、そこに欠けるものはなにもない。        

 
ジル・ドゥルーズ『内在 ーひとつの生……』

 

  内在平面は、根拠も理由も持たないまま、ただそこにある。主体も対象もないところで、出来事のネットワークだけが存在しているというヴィジョンは、空性と縁起の真理をかかげる中観派の教えそのものです。「あるものはあるのだから、しょうがないじゃないか。」根源的な事実には逆らうことなく、それをどこまでも従順に受けいれる。そのかわり、そのなかで限りない自由を生きぬく道を発明してみせるというのが、ブッディストの流儀です。この点からすると、仏教の教えは、その本質からいって軽やかさと切り離しえないものである、ということになりますが、ジル・ドゥルーズの方はといえば、軽やかさがそのまま文字になったような本を書くことのできる人でした。見た目の難しさに反して、彼の書いたものの中では、イデーがそこかしこに跳びはねているのをつねに目にすることができます。
 
 
  そして、主体と対象の二元論を超えたところにある内在平面をヴィジョンとしてつかむことのできた人こそ、『大乗二十頌論』が全知者と呼ぶ存在にほかなりません。菩薩たちは、特異性のフィールドのうちを自由に駆けめぐる。ジル・ドゥルーズはこの論文のなかで、かりにそういうものが存在するとすればと断ったうえで、無限の速さで超越論的な場を横切ってゆく意識なるものについて論じていますが、これこそまさしく、菩薩が生きるリアリティーそのものです!無限速度というのは、ドゥルーズがとくにその後半生になってからずっとこだわりつづけたテーマの一つでしたが、彼がこの語を用いるやり方のうちにもまた、どこかお経のスタイルを思わせるところがあるとはいえないでしょうか。
 
 
  このブログにおいてもすでに一度触れたことがありますが、お経においては、冗談とも本気ともつかないスタンスで、認識者たちが備えている能力がつぎつぎに列挙されてゆきます。ドゥルーズも、たとえば『千のプラトー』においては、「中国人になれ!」とか、「ピンクパンサーになれ!」とか、ガタリと一緒になって羽目を外して、とにかくめちゃくちゃなことを言いつづけていますが、このような言葉の使い方が実はきわめて戦略的なものでもあるということには、注意しておかなければなりません。形而上学ビッグマウスとでも呼ぶべきこの言語使用のスタイルは、実践するのにとても勇気がいりそうですが、ドゥルーズ&ガタリも、それから仏教徒たちも、この点については寸分もためらいを見せていません。つまるところ、やってしまったもの勝ちということなのでしょうか……
 
 
ジル・ドゥルーズ
 
 
  四回にわたって、きわめて簡潔にではありますが、『内在 ひとつの生……』と『大乗二十頌論』について、並行して論じてきました。どうやら、現代のブッディストという呼び名は、表面にとどまることなく、ジル・ドゥルーズという人の思考のあり方のとても深いところにまで触れているようです。ところで、このことには、単に比較して楽しむという以上の意義があるのだと考えることもできるように思います。
 
 
  私たちはいま、地理のうえではたしかにアジアに生きてはいますが、さまざまな事情によって、その精神的な遺産からはすでにだいぶ遠ざかってしまいました。その一方で、フランスのアカデミズムの方はどうかといえば、こちらもグローバリゼーションの流れに柔軟に対応してゆくことができず、活発な成果を出しつづけていた奇蹟のような時期が過ぎて、すでに歴史的な役割をいったんは終えつつあるようにもみえます。こうしたことを鑑みたうえで、ドゥルーズから仏教を、仏教からドゥルーズを読みこんでゆくという試みは、今の時代の趨勢からしてもエキサイティングなものになりうるのだと、ここでは主張してみたい。どちらにしろ、グローバリゼーションの力によってすべてのものが根こぎにされてゆくのなら、ここはひとつ開きなおって、アジアもヨーロッパも関係なく、この惑星の思想を大胆に総決算してみよう。そうした成果のうえに立って、この国のうちにまた、かつての西田幾多郎田辺元のようなネオ・ブッディストたちが、いつ出てこないともかぎりません!希望を胸に抱きつつ、ここでいったんドゥルーズについての記事はひと区切りということにさせていただきたいと思います。四回のあいだ、ありがとうございました。
 
 
 
 
 
 
[追記。ここで論じさせていただいたお経の特質をはじめとして、仏教については、「仏さまへのイントロダクション」からはじまる三つの記事のなかでも書いています。もしよろしければ、そちらの方もご参照ください。]

 

philo1985.hatenablog.com

 

 

(Photo from Tumblr)