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イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

死者たちのことを悼みながら、決意した人びと   ー憲法についての考察のおわりに

憲法について考える 思想と社会
 
 これまでのシリーズのなかでは、日本国憲法の今のすがたと未来のすがたに、焦点を当ててきました。けれども、憲法の問題を考えるさいには、本当は何よりもまず、過去にこそ目を向けなければならないところでした。遅くなってしまいましたが、最後にその点に触れたいと思います。
 
 
 私たちの憲法が作られた過程にGHQが深くかかわっているということは、今日では誰もが知るところとなっていますし、高校の教科書にも載っています。日本人が作った民間の憲法案も参照されたし、最後に文面をまとめたのは日本の側だったという事実もあるけれども、GHQのことを引き合いに出して、「外から押しつけられたものにすぎないのだから、あれは私たちの憲法ではないのだ」という人もいます。このように主張する人の思いも、とてもよくわかります。憲法は、国の最も大切な法律だ。それほど大切なものはやはり、私たちだけで作るべきだった。日本国憲法にたいして実際にどのような態度をとるべきかという点は別にするとしても、この考えには深く耳を傾けなければならないところがあるというのは確かだと思います。
 
 
 けれども、忘れてはならないのは、この憲法が公布され、そののちに施行されたときには、私たちのおじいさんやおばあさんたち、父や母たちのうち、きわめて多くの人が喜びに湧きあがったということです。当時の記録を読んでいると、この喜びは魂の奥底からくる、とても深いものだったということがわかります。「ああ、これで国が新しいものになる!」このように大きな喜びは、いったいどこから生まれてきたのでしょうか。
 
 
 その答えを、私たちはみな知っています。太平洋戦争の悲惨さについては、ここで語るのは控えておくことにします。そのことについては、私たちは子供のころからさまざまな本や映画をとおして、くり返し教えられていますから。あの戦争のことを忘れてはいけない。もう今年で70年もたってしまいましたが、そうしたメッセージは、少しずつ薄れてきてしまっているとはいえ、今でもまだ私たちのもとに強く伝わってきています。
 
 
日本国憲法
 
 
 私たちの国の最も大切な法律は、数えきれないほどの死者たちのことを悼みながら、もうこんなことは絶対にくり返さないと決意した人びとによって打ちたてられました。そこには、まぎれもない本物の熱意がありました。僕の印象につよく残っているのは、戦後間もないころ、丸山真男という政治学者のもとに、学校の先生や主婦たちをはじめとする一般の人びとが、みなで押しかけてきたというエピソードです。彼らは、次のように言ったそうです。「先生。私たちに、民主主義や新しい憲法のことを教えてください。国民主権とは、いったいどういう意味なのですか。私たちは、自分たちでちゃんと勉強しておかないと、国がいったいどんな風になってしまうかということを、嫌というほど学んだのです。のちの子供たちにまで伝えてゆきたいので、教えてください。」
 
 
 私たちにとっては心苦しいことではありますが、ここに関わってくるのは、この国の死者たちだけではありません。私たちの国はかつて、アジアのいたるところで、とても多くの人を国ぐるみで圧迫し、殺しました。日本国憲法の前文は、次のような意味のことを言っています。「どの国であっても、ほかの国のことを無視してはいけない。政治道徳にかんするこのルールは、どの国にでも当てはまる、普遍的なものだ。このルールを守ることは私たちの義務であると、私たちは信じている。」当たり前の言葉であるようにも見えますが、こういう言葉が受けいれられていったことの裏には、自分たち自身の歴史から学んだ、苦い教訓も思い出されていたことでしょう。
 
 
 日本国憲法
 
 
 確かなのは、もう一度ゼロから憲法を作りなおして、それを国民の全員が喜びとともに受けいれるということは、よほどのことが起こらなければできないだろうということです。人びとが憲法ほどに大切な法律を打ちたてることができるのは、歴史のなかでも、ごく限られた時点にすぎません。それは、生まれてくる自分たちにたいして手渡される、けっして選択することのできない運命のようなものではないでしょうか。1945年8月15日は、たしかに大切な日です。けれども、日本国憲法が施行された1947年5月3日も、きっと、私たちの国にとってはそれに劣らないくらいに重要な日なのだということができると思います。
 
 
 戦争の犠牲となった死者たちには、国を作ることができませんでした。ただ、彼らのことを覚えている人たちだけが、国を作りなおすために新たな一歩を踏みだすことができた。1947年5月3日に国の再出発を祝った人たちの多くも、もうこの世からいなくなってしまいましたが、その日に打ちたてられた憲法だけは、今でもまだ私たちのもとに残っています。憲法を守ってゆくにせよ変えるにせよ、これから先のことを考えてゆくさいには、私たちはまず、この人たちの決意に向き合うことを求められているといえるのではないでしょうか。折しも、今日は憲法の問題にかんしてはとても重要な日になってしまいましたが、バトンをつぎの世代に無事に手渡すことができるよう、事態を見据えつつ、今後も哲学の立場から考えてゆきたいと思います。
 
 
 それにしても、一気に論じつくしてしまおうとしたせいで毎回の文章が多くなってしまい、申し訳ありませんでした。九回のあいだお付き合いくださって、ありがとうございました!
 
 
 
 
 
 
 [今回のシリーズを書くにあたっては、同じ大学の法学部に所属している友人に、大変にお世話になりました。彼との話し合いがなければ、議論をまとめることはとてもできなかったと思います。それから、最初の記事を見つけたのちに、毎日自分のサイトで紹介してくださった方もいました。その方の負担になってしまったのではないかと思うと心苦しいかぎりですが、本当に嬉しかったです。その他、東京に出てきたさいにファミリーレストラン憲法について大いに話し合った、中世史の研究をしている友人や、ブログについていつもさまざまな意見をしてくれている、ロシア文学専攻の友人、憲法について議論しあった高校生たちなど、さまざまな人にお世話になりました。本当にありがとうございました!なお、9条の問題についても、また日を改めてこのブログで論じてみたいと考えています。]
 
 
 
 (Photo from Tumblr)