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イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

日常が消えてゆく

 
②心のなかで、戦争を完全に放棄する
 
 地球軍の創設というプランは、今のところはまだ現実味がないことを認めざるをえませんが、いずれこの世界において実現しうる可能性であると僕は考えています。数多くの挫折と失敗や、果てしない思考の鍛錬、厳しい現実との衝突といったものをとおして国家の原理そのものを乗り越えることが、平和な未来を形づくることにつながってゆくはずです。
 
 
 他方、これと並行して、二つ目の可能性についても実現を目指してゆく必要があるように思います。それは、人類全体の心のなかから、戦争をしなければ平和は作れないという考えを消し去ってしまうことです。
 
 
 すべての人間が「戦争は何があっても避けるべきだ」と考えるようになるならば地球のうえから戦争は完全になくなるというのは、たんなる理想論ではなく、論理的な事実であるといえます。ここで求められている姿勢は、次のようなものになるでしょう。「国としてのプライドも経済的利益も、戦争に比べればなんでもない。そうしたものは確かに重要ではあるが、平和を確保したのちにはじめて意味をもつものだ。」この点からいうと、世界を動かしているエリートたちに課せられている責任は、限りなく重いといえます。
 
 
 けれども、今のこの地球の多くの国は、民主主義の原理によって動いているという事実を忘れることはできません。それに加えて、情報技術の発展もここで考えに入れるとすると、この世界の動きは、いよいよ私たちの心のあり方そのものに左右されるようになってきているといえるのではないでしょうか。身近なところでいえば、私たちが毎日インターネット上でおこなうさまざまな発言は、東アジアの未来に直結しています。一人一人の心の動きが共鳴しあったり、反発しあったりするなかで、明日の世論が形づくられてゆくことになる。心のあり方が世界のあり方を決定する時代が、しだいに私たちのもとに近づいています。
 
 
9条
 
 
 日本国憲法第9条は、真に偉大な条文であるといえます。それはこの条文が、世界の歴史のなかではじめて、戦争にたいして平和を求める心以外のもので答えることを拒否した条文だからです。
 
 
 もちろん、この条文が偉大なのであって、その条文をいだいているこの国が偉大であるかどうかは、また別の問題です。この条文を持ちつづけることが今の国にとってよいことであるのかどうかについても、正直にいえば、僕には確信は持てません。けれども、かつてこの国の人たちが、戦争の問題にたいして武力ではなく平和を求める心によって答えようとしたという事実については、一度しっかりと受けとめておいたほうがいいのではないかと思います。
 
 
 おそらく、無責任なところも確かにありました。けれども、この国の人たちが世界にたいして本気で変わってほしいと願っていたというのも事実です。「人類は、今こそ変わらなければならない。」9条のように特異な条文を極めて多くの人が受けいれた最も大きな理由は、なんだったのでしょうか。それは言うまでもなく、この国の人びとが70年前の戦争によって、それだけ大きな傷を負ったからです。もちろん、それと同時にさまざまな国の人びとに多くの傷を負わせたことも、忘れてはなりませんが……。
 
 
 この戦争の終わりの時期のことだけを考えても、その傷はすさまじいものでした。東京大空襲沖縄戦、それに何よりも二度の原爆は、本来からいえば戦いに巻き込まれてはならないはずだった民間人たちを、数えきれないほど殺しました。総力戦といわれるおぞましい戦いののちに最後に現れてきたのは、もはや絶滅戦争としか呼びようのない、戦争の究極形態でした。「日常が消えてゆく。」そのことの意味については、これからもくり返し歴史から学びつづけなければならないでしょう。
 
 
 私たちはこのことを思い起こすとき、日本国憲法第9条が戦後にすんなりと受け入れられていった理由を理解します。起こってはならないカタストロフが起こったからこそ、不可能なことを私たちに求める条文も生まれました。9条のうちに宿っている、私たちを呼び求める力は、おそらくはここから来ているのでしょう。
 
 
 ただやみくもに9条のことを変えてはならないと言い張るのは、おそらく間違っています。ひょっとすると、平和のためにはこの条文を改正したほうがいいのかもしれません。けれども、その場合であっても、「戦争はいざという時には仕方のないことなのだ」という思考にもう一度舞い戻ってしまってはならないのではないでしょうか。経済よりも、国益よりも、ずっと大切なことがある。それは、私たちの日常がこのまま続いてゆくことです。私たちの日本は、そのことをけっして忘れてはならないと思います。
 
 
(つづく)
 
 
 
(Photo from Tumblr)