イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

CMから学ぶ記号学   ー橋本環奈ちゃんとリップクリーム

 
 芸術と倫理についての探求がひと段落したので、今日は気楽な話題でひと休みすることにします。
 
 
 「千年に一人の逸材」といわれて芸能界に登場した橋本環奈ちゃんですが、僕はこれまで、冷静に事態を静観しつづけてきたつもりでした。はたして、そんなに簡単に千年などとという言葉を口にしてしまっていいものだろうか。この子のうちに、何かがあることは間違いないだろう。しかし、これほどまでに騒がれていることのうちには、この子をこれから芸能界のうちにプロデュースしていこうという意志が、あまりにも露骨に透けて見えていはしまいか。
 
 
 しかし、最近目にしたとあるツイートがきっかけで、そんな疑念を打ちやぶりかねないCMを発見してしまいました。「リップベビーフルーツ、メンソレータムカンナ篇。」これは、メンソレータムマスコットキャラクターの衣装に扮した環奈ちゃんが、軽快に歌って踊りながら色つきリップクリームを宣伝するという、きわめて恐ろしいCMです。
 
 
 このCMは、葡萄、イチゴ、桃、レモンといったフルーツがふわふわ浮かんでいる、パステル感ただようヴァーチャル空間で繰り広げられています。メンソレータムのロゴから看護婦に扮した環奈ちゃんが飛びだしてくるという冒頭の演出をはじめとして、気楽に見ることのできる数十秒のあいだにさまざまな意味作用がめまぐるしく展開されてゆくので、CMにおける記号の機能のしかたを学ぶにはぴったりの素材であるといえます。
 
 
 もし、記号学者を自認していたロラン・バルトがこの環奈ちゃんのCMを見るようなことがあるとしたら、「Quelles significations merveilleuses!」とでも言いながら、喜びいさんで分析をはじめることでしょう。彼にとっては、商品の販売を促進するために作られるコマーシャルも、高尚な文学作品におとらず、分析のための素材としてはきわめて興味深いものでしたから。ここでは、バルトと同じように綿密かつ詳細にわたって論じることはできませんが、簡潔にこのCMの分析を行ってみることにします。
 
 
 
リップベリーフルーツ「メンソレータムカンナ」編(WEB版)
 
 
 
0:01〜0:04
 
 メンソレータムの枠から出てきた環奈ちゃんですが、これでもかというくらいに可愛らしい表情をくるくると回転させながら、右の方向へと軽快にスキップしてゆきます。右方向への移動は、このCMの全体の流れをリズムづけするのに一役買っているといえますが、ここで注目したいのは、媚びという要素についてです。
 
 
 「リップベビーフルーツ」を宣伝する環奈ちゃんは、CMの画面を見ている私たちにたいして、臆面もなく媚びつづけています(媚びていないとは言わせません!)。媚びることは、それが中途半端なレベルにとどまっているうちは、見ている私たちの心をかえって遠ざけてしまうものですが、ここまで徹底されるとなるとかえって、もう仕方ない、これはこれでいいかという気分にさせられてしまいます。それこそが媚びの魅力であり、罠でもあるのですが……。
 
 
 軽快なメロディーとともに、「わたし、メンソレータムカンナです♫」と歌う環奈ちゃん。冒頭から、ちゃっかりとブランド名を私たちの心のなかに刷りこんでしまっています。いうまでもなく、CMは遠回りをして最後に商品名にたどりつくというのがよく用いられる定石の一つですが、環奈ちゃんは「そんなこと知らないわ!」とでも言わんばかりに、堂々と商品名から歌いはじめています。
 
 
 商品名と橋本環奈ちゃんの存在をくっつけてしまうのも、ここでのテクニックの一つです。「わたし、メンソレータムカンナです♫」と歌われてしまったら、私たちに残された選択肢は、二つしかありません。すなわち、レトリックの効果によってもはや分離不可能なものになったメンソレータムと環奈ちゃんを、二つながらに受けいれるのか。それとも、その両方を拒否するのか。しかし、こんなに愛らしい笑顔で迫ってくる環奈ちゃんを丸ごと拒否するには、とても大きな勇気が必要であるように思います。おそらく、暗黙のうちに発されているのは、「わたしを受けいれるなら、メンソレータムも受けいれなきゃダメよ!」というメッセージなのでしょう。
 
 
 
0:05
 
 媚びもここに極まれりというポーズですね。「メンソレータムカンナです♫」の歌詞が終わるのと同時に提示されているので、「わたし、自己紹介しちゃいます!」というポーズなのだと思います。
 
 
 
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 リップクリームがはじめて出てきました。あまりにも都合のいいアングルで商品名が映っていることに、はじめて見たときに気づく人は少ないと思いますが、サブリミナル効果は無視できないかもしれません。ポーズつきの笑顔の自己紹介のあとにさりげなく商品イメージが入ってくるあたり、メンソレータムカンナちゃんのしたたかさは相当なものです。
 
 
 
0:08
 
 環奈ちゃんが、イチゴにキスしています。小さい音ですが、環奈ちゃんがキスする効果音が音楽の合間にはさまれています。
 
 
 このCMの意味作用においては、すべての要素が唇の周辺をめぐっています。フルーツという要素自体がすでに、食感によって口につながっているといえますが、目をつぶりながらイチゴにキスする環奈ちゃんは、そのことによって意味作用のコンテキストを口唇領域に収斂させています。まるでレンズによる屈折によって太陽光が一つの焦点に集められるように、CMを見る人の心は、無意識のうちに唇に集中してゆきます。
 
 
 
橋本環奈
 
 
 
 簡潔に論じるつもりだったはずが、気がつくとすでに、今日だけでは終わりそうにない分量になってしまいました。けれども、この高度資本主義社会のなかで生活してゆくにあたっては、映像記号の意味作用の働きについて、いくら学びすぎても学びすぎるということはないはずです!引きつづき、メンソレータムカンナちゃんの分析をつづけることにしたいと思います。
 
 
(つづく)
 
 
 
(Photo from Tumblr)