イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

メトニミーとストロベリーな新生活   ーメンソレータムカンナちゃんの分析のおわりに

 
 この動画に三日間もお世話になるとは、思いませんでした。残りの部分の分析については、簡潔に済ませることにしましょう。やはり個人的には、0:17に見られるような、お茶目な媚びの要素がこのCMにおける環奈ちゃんの魅力の核となっているように感じられます。すでに少しだけ書きましたが、媚びもここまで徹底されるとなると、逆に突きぬけるようにして魅力に転化してしまいます。このことは何も環奈ちゃんにかぎったことではなく、それこそがおそらく、アイドルたるものに求められる魔術のエッセンスなのでしょう。個人の家に留守をねらって侵入するなら、それはただの空き巣になってしまいます。一方、難攻不落の要塞に押しいってみせるならば、その人はもはやルパン三世です!
 
 
 
リップベビーフルーツ「メンソレータムカンナ」編(Web版)

 
 
 
 最後に注目したいのは、後半の歌詞についてです。
 
 
「ぷるぷるの唇で  ストロベリーな  恋がしたい♫
 ぷるぷるの唇で  フルーティーな   恋がしたい♫」
 
 
 まずは、「唇で」とこちらに歌いかけている環奈ちゃんの指が、二回とも唇を指さしていることに注目しておきましょう。前回見たことと重なりますが、このCMの意味作用の磁場は、視覚と聴覚のどちらの面からみても、唇に集中しています。それにしても、この場面での環奈ちゃんの指の運びは、とても軽やかです。まるでこの世に重力など存在しないかのように振る舞ってみせているのもまた、アイドルの面目躍如といったところでしょうか。
 
 
 さて、ここで用いられているのは、コマーシャルの中でも最もひんぱんに使われているものの一つである、「メトニミックな意味付与」とでも呼ぶべきテクニックです。
 
 
 メトニミーとは、隣接性や近接性にもとづいて意味を引きうけるようなタイプの喩のことをいいます。たとえば、「赤ずきんちゃん」というときには、たんなる赤い布切れのことを意味しているのではなく、それをかぶっている少女のことを意味します。一部のものによって全体の代わりを指すのが、メトニミーの典型的なあり方であるといえます。
 
 
 このCMでは、メトニミーにとても近いやり方で、リップクリームに新たな意味が与えられています。「リップクリームを塗って、ストロベリーでフルーティーな恋の体験へ踏みだしてみたらどうですか?」コスメから、コスメを含みこんだ生活の全体へ。ここで展開されるメトニミックな意味の宇宙のうちには、たんなる日用品の領域にとどまることのない、別の世界への扉がかすかにちらついています。こうして、橋本環奈ちゃんの笑顔という記号には、恋というコンテキストまでもが働くことになる。0:25の、遠くを見るような環奈ちゃんのまなざしもまた、喜びをともなった未来への期待という感情を指し示しているように見えないでしょうか。
 
 
 いうまでもなく、人間の欲望は、たんなる物の次元だけで満足させることのできるものではありません。CMは、一つの商品の紹介である以上に、ライフスタイルの細かな色合いを表現することをめざします。これはCMに限った話ではありませんが、今の時代には、生のあり方を表現するイデーは、言葉だけではなく、音楽や映像を用いても語られつづけているということには注意しておく必要があるように思います。
 
 
 言葉で考える人たちはいま、あらゆるメディアを埋めつくしている、このイメージと音の洪水にたいして、どのように振る舞ってゆくのかを考えなおすことを求められていると言えるかもしれません。いま、思想や人文知の営みは、全体的にみて下降の道のりをたどっていると誰もが感じているところですが、言葉と言葉ではないもののあいだで最適なバランスをとる、新たなエコノミーのあり方を見つけだすことができるならば、社会のなかに人文知が入りこんでゆく未来のヴィジョンが見えてくる可能性は低くないと思います。メンソレータムカンナちゃんから、いささか唐突に人文知の未来にまで話が飛んでしまったきらいはありますが、どうせならば、唇だけでなく人文知の世界も、フルーティーにぷるぷるさせたいものです!
 
 
 記号学的分析へのイントロダクションを果たしたということで、このCMとはひとまずお別れしたいと思います。CMの最後の部分で「悪魔なカンナ篇」が少しだけ見えてしまいましたが、次にこの分析に取りかかるとなると、哲学の問題について論じるはずが、橋本環奈ちゃんとロート製薬の応援ブログになってしまいかねないので、ここは控えておくことにしたいと思います。それにしても、橋本環奈ちゃんは、ここからどこまでCMの世界に進出してゆくことになるのでしょうか。彼女は、上戸彩さんや堀北真希さんといったCM界の女王たちに、はたして並ぶことができるのか。地元の福岡を拠点にしたRev. from DVLとともに、これからの展開にますます目が離せません!
 
 
 
橋本環奈
 
 
 
(Photo from Tumblr)