イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

NewsPicksから見えてくる、ジャーナリズムの近未来

 
 前回の記事ではブログ文化について論じてみましたが、次はジャーナリズムの世界に目を移してみることにしましょう。私たちはこの領域においても、「サペーレ・アウデ!」の声が響きわたっているのを聞くことになります。
 
 
 突然ですが、これまでにニュースアプリを利用したことはおありでしょうか?ニュースアプリをスマートフォンなどにダウンロードすると、ウェブ上で公開されている無数の記事の中から、読む記事をとても効率よく選びとることができるようになります。アプリのほうから利用者の関心に沿った記事を紹介してくれたり、人気のある記事を、まるで雑誌の目次のようにして見やすく並べてくれたりなど、細かな仕様はアプリごとに異なっていますが、利用者の心をそそる記事のもとにまで気軽に連れていってくれるニュースアプリの利用者の数は、近年ことに増加の一途をたどりつつあります。
 
 
 アプリを開きさえすれば読みたい記事を好きなだけ紹介してくれるとは、まさしく夢のようです。王さまに毎晩つぎつぎに心躍る話をしてくれる、『千夜一夜物語』のシェヘラザードのことが連想されます……。けれども、このはてなブログで書かせていただいている人間としては、何といっても、はてなブックマークの存在を忘れることはできません!はてなの利用者にとっては「はてブ」があるのですから、ニュースアプリがこの上さらに必要だといえるでしょうか。その答えがノーであるのは言うまでもありませんが、今回だけは、言論の世界の未来を思い描くためにも、参考のためにすこし覗いてみることにしたいと思います。
 
 
 ニュースアプリのなかでは、スマートニュースやグノシーなどがよく知られたものであるといえますが、今回の記事で紹介したいのは、ここ最近のあいだに利用者を急速に増やしつつあるNewsPicksというアプリです。
 
 
 このアプリがとてもユニークなものであるのは、ユーザーたち自身の協力によってアプリが充実したものになってゆくという点です。NewsPicksで紹介されている記事を読むときには、記事の中身だけではなく、そこで書かれていることに反応して書かれた、他のユーザーたちによるコメントも見ることができる。それだけでなく、ユーザーは、自分自身でも記事に自由にコメントをつけたり、ニュースや記事を他のサイトから自らピックアップしてきて、他のユーザーたちに紹介することもできます。
 
 
 あるニュースや記事について、他の人びとがどのように考えているのかがわかる。それだけではなく、ユーザー同士で意見交換や交流をすることもできれば、個人的に興味をもったユーザーがピックアップしている記事をまとめて読むこともできる。さまざまな細部について語ることは別の機会に譲ることにして、ここではさっそく、こうした特徴が持っている意味について考えてみることにしましょう。
 
 
 
newspicks
 
 
 
 NewsPicksのようなアプリがジャーナリズムの世界を原理的なところから変えてゆく可能性をはらんだものであるといえるのは、このアプリにおいては、ユーザーが自らの理性を用いて考えるという要素が、アプリのあり方そのもののうちに深く埋めこまれているからです。
 
 
 NewsPicksにおいては、ピックアップされている記事の内容と同じくらいに、それに付されているコメントが重要なものになってきます。これは、ブログの記事にたいするコメントなどの場合にも似ているといえますが、NewsPicksにおけるコメントの重要性は、インターネット上のほかのコンテンツの場合に比べて、とても高い。ブログの記事や動画などにおけるコメントは、あくまでもメインにたいするサブの役割を果たしているといえそうですが、NewsPicksにおける記事とコメントの重要性の比率は、五分五分のところにだいぶ迫っているように感じられます。
 
 
 ジャーナリズムの世界においてこうしたことが行われることのメリットは、きわめて高いのではないでしょうか。まず、最も大きいのは、自分でコメントをつけることによって、記事で書かれていることについて、鋭い当事者感覚を持って接することができるようになるという点です。
 
 
 政治の領域を例にとってみましょう。ユーザーは、たとえばある政策についてコメントするにしても、その政策のよい点と悪い点について考えをめぐらしながら書いてゆくうちに、「自分だったらどうするだろうか」と、自然に考えるようになってゆきます。自分がもし、国会議員だったら?あるいは、総理大臣だったとしたら?そのようなシミュレーションをくり返し行うなかで、政治的な問題にたいするセンスが磨かれてゆきます。
 
 
 かつて、『憲法と私たち』というシリーズにおいて用いた言葉を使うならば、ユーザーの政治にたいする態度は、マグナ・カルタ的なものからヘーゲル的なものへと移行してゆきます。すなわち、権力に対抗するだけではなく、国のあり方を決めるのは何よりも私たちの一人一人なのだということを実感しつつ考えるようになる。そうなると、ある政党に賛成であるか反対であるかというレベルだけではなく、この問題は具体的にいってどう解決すべきかというレベルで、ものを考えるようになってきます。
 
 
 この国の戦後においては、「政治について関心がある」ということは、往々にして「与党にたいして反対している」ということを意味していました。55年体制と呼ばれるレジームにおいては、こうした状況にも少なからず意味があったのですが、今日の私たちには、これまでよりもきめの細やかな知性の働きが必要とされているように思います。選挙における得票数だけでなく、ジャーナリズムの場で行われている議論のクオリティーが国のあり方を決めてゆくことを考えるとき、NewsPicksのようなタイプの場所がもつ重要性は、とても大きなものになってくるといえるのではないでしょうか。
 
 
 NewsPicksのようなアプリから見えてくるのは、原理的にはすべての人が自らアナリストの役割を果たしつつ、メディアから提供される情報に関わってゆくような未来です。政治の領域にかぎらず、NewsPicksは、パブリックな問題にたいして一人一人の人間が理性を使用するための、またとない訓練と実践の場になっているといえるのではないでしょうか。このアプリの特質についてもう少し考えつつ、この国の言論の未来について考えてみることにしたいと思います。
 
 
(つづく)
 
 
 
 
 
 
 
 
[この記事は、書いてからしばらくして、NewsPicksで堀江貴文さんに取り上げていただきました。本当にありがとうございました!]
 
 
 
(Photo from Tumblr)