イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

ゲンロンカフェと思想の現場

 
 私たちは「サペーレ・アウデ!」のリフレインを追うようにして、ブログ文化、ジャーナリズムの世界と見てきましたが、今日の記事では、現在の思想界で活躍している東浩紀さんの活動について論じてみたいと思います。
 
 
 東浩紀さんをご存知でしょうか?東さんは、今のこの国の思想や批評の状況について、最も真剣に考え、行動している人の一人です。思想家、批評家、小説家、社会起業家などといった多くの顔をもつ東さんは、それこそ18世紀フランスの啓蒙思想家を思わせるような多彩な活動を行っていますが、90年代に衝撃的なデビューを果たしてから現在にいたるまでの東さんの活動はすべて、「この国の言論はどうあるべきか」という問いに貫かれているように思います。
 
 
 その活動のすべてについて語るとなると、それだけで一つのシリーズになってしまうことは避けられないので、今日の記事では、言論の世界の未来を思い描くうえでとくに重要と思われる、「ゲンロンカフェ」の活動に話を限定して論じることにします。
 
 
 ゲンロンカフェは、東さんが2013年1月にオープンしたイベントスペースです。この場所は、人通りの多い五反田の街を、駅から歩いて5分ほどのところにあるビルの、6階にあります。最初に訪れるときには、「こういう場所に言論のスペースが?」とすこし驚かれる方もいるかと思いますが、むしろここには、繁華街の真ん中に、思想について語る場所を作るのだという意志が感じられるように思います。
 
 
 思想や批評の世界を在野にもってゆかないと、人文知の未来はない。東さんは、常日頃からそう公言していますが、そうした発言との関係からしても、物理的な空間としてこのようなスペースを作ったことには画期的な意義があるのではないでしょうか。「これからは言論の空間が必要だ」というだけなら、誰にでも書くことは可能です。いっぽう、「必要なので、実際に作りました。今もイベントを開催しています」と言われてしまったら、その説得力はケタ違いであるといわざるをえません!
 
 
 
ゲンロンカフェ 東浩紀
 
 
 
 さて、ゲンロンカフェにおいては、毎日のようにさまざまなトークイベントが開催されています。試しに、今月開催されるイベントのラインナップからキーワードを少しだけ取りあげてみるにしても、その話題はきわめて多様です。安保法案、新国立競技場問題、沖縄基地問題、SFとミステリー、演劇、近代日本思想、『マッドマックス』、『ひょっこりひょうたん島』……。およそ、文化と名のつくものはすべて分けへだてせずに取りあつかう場所であることがわかるかと思います。
 
 
 東さん本人も、ここで開催されるイベントにひんぱんに参加しています。僕も何度かゲンロンカフェに足を踏みいれて、トークを聞かせていただいたことがあるのですが、人文知にかかわる人たちの中では、話の運び方が抜群にうまいように感じられました。東さんは、思想や社会問題について語っているにもかかわらず、TVの深夜バラエティーに迫る勢いで、ユーモアのある発言を連発していました。ユーモアは、18世紀の啓蒙思想家たちも愛用しつづけた武器です。哲学や文学について大学で学んでいる人びとは、そもそも人と話すのが苦手な場合が多いので、社会にむかって情報を発信してゆくにあたっては、見習わなければならないところかもしれません……。
 
 
 また、ここで行われるイベントはインターネット上で配信されているので、東京に住んでいない人でも、このイベントを視聴することができます。今はまだ、情報のチャンネルとしてこうしたサービスを選択している人の数は、人口の割合からするとそれほど多くないかもしれませんが、これから先の時代には、特定のチャンネルから動画の提供サービスを利用するというライフスタイルは、さらに広まってゆくことでしょう。その意味で、私たちは、小さなテレビ局やラジオ局のようなチャンネルが無数にできて、その中から好きなものを選択するような時代へと移行しつつあるといえます。
 
 
 情報チャンネルの爆発的分化。こうした流れは、エンターテインメントから社会問題や教養の領域へ、さらに思想や文学の領域へも広がってゆきうるのではないか。人文知の世界も、この流れに乗ることができれば未来はもう少し明るくなるはずですが、この観点からみると、ゲンロンカフェを経営する東浩紀さんは、先駆的開拓者の役割を果たしているといえます。この辺りの事情については、これから実験的な試みが数多く出てくると思うので、ゲンロンカフェの内と外のどちらにおいても、注目のトピックであるといえそうです。
 
 
 気がつくと、すでに紙幅が尽きてしまいました。今回の記事では、ゲンロンカフェの紹介と宣伝だけで終わってしまいましたが、引きつづきこの場所についてもう少し補足して語りつつ、この国の言論の未来について論じてみたいと思います。
 
 
(つづく)
 
 
 
 
(Photo from Tumblr)