イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

開かれと救い   ー赦しについての考察のおわりに

 
 私たちは聖書を手がかりにして、赦しの問題について考えてきました。最終回となる今回では、私たちの探求が見いだしたことについて、もう一度振りかえってみることにしたいと思います。
 
 
 罪という言葉はとても深刻な響きを帯びていて、なかなか私たちの日常のなかには入ってこないものですが、大きな過ちを犯してしまったあとに「許してください!」と謝ることは、誰にでもよくあることだと思います。程度の差はあるにせよ、罪と赦しの問題は、すべての人にとって身近な問題であるといえるのかもしれません。
 
 
 当たり前のことではありますが、罪は、他の人にたいして犯されるものです。そうなると、赦しもまた、他の人から下されるということになってきます。はてしない対話の終わりに、罪を犯した当の相手から下されるにせよ、聖書の場合のように、それとは違うしかたで赦されることがありうるにせよ、いずれにしろ赦しは、私ではないところ、私を超えたところからなされます。
 
 
 そうなると、「赦しは、私にとって、ある種の奇蹟のようにして起こる」ということができるのではないでしょうか。赦しを求める人は、この世には自分の意志だけではどうにもならないことがあるという事実に、いやおうなく行き当たることになる。赦しの体験においては、世界にただ一人存在しているのではなく、他の人にたいして開かれるかたちで存在しているというわたしの真理が、この上なくあらわになります。他なるものにたいする開かれの領域は、わたしの内側にありながらわたしを超えているというパラドキシカルな性質を備えているといえるのかもしれません。
 
 
 そして、ふだんは見えていなかった開かれの領域に目を向けるときにわたしが出会うことになるのは、救いの次元にほかなりません。救いという言葉は、ひょっとすると罪という言葉以上になじみのないものかもしれませんが、赦しがじっさいに下されるときには、人間はこの救いの次元を、ほんの一瞬のあいだだけかいま見ることになることでしょう。
 
 
 それでは、救いとは何でしょうか? そうしたものがありうるのでしょうか? ありうるとして、人間は果たして何から救われるのでしょうか? ここには、きわめて広大な問いの領域が広がっています。罪と赦しについて問う今回の探求では、これ以上先に進むことはできませんが、このトピックにはいずれ立ち返ることにしたいと思います。
 
 
 注意ぶかく時代を眺める人は、現代を生きるこの国の若者たちのあいだに、とてもラディカルな倫理の意識が目覚めはじめていることに気づくかもしれません。たしかに、今回論じつづけたテーマは、ふつうの日常の世界を大きく離れたものでした。けれども、漫画やアニメの世界に親しんでいる人は、聖書をひもとくとき、サブカルチャーの中にしか見いだせないと思っていた倫理的なモメントを見いだして、驚くことになるかもしれません。キリスト教と聖書についても、いずれまた折をみて論じてみることにします。
 
 
 
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 以上で、今回のテーマについては終わりになりますが、はたしてSさんの納得できるシリーズになったのかと思うと、正直にいって、不安にならずにはいられません……。不十分なままにとどまってしまった点については、これからの課題とさせていただくことにします。
 
 
 Sさんに、この場を借りてごあいさつさせていただきたいと思います。今回は、キリスト教について考えるためのまたとない機会をいただき、本当にありがとうございました。Sさんが赦しの問題について考えてゆくうえで、少しでもお役に立てたとしたら幸いです。何か不明な点や疑問などありましたら、どうか遠慮なく、ぜひお聞かせください。
 
 
 読んでくださっている他の方たちも、ふだんの『イデアの昼と夜』のトーンからは大きく離れるものになってしまい、ひょっとすると戸惑わせてしまったかもしれません。たまには深刻なテーマについて考えてみるのも悪くないとはいえ、六日間ものあいだウルトラ・ヘビー級の話題について論じつづけてしまったので、すこし心配です。とてもよい機会にはなりましたが、僕が勝手にシリアスになりすぎるあまり(Sさんには、全く関係ありません!)、あまりにも暗い雰囲気になってしまいました……。ご迷惑をおかけしていたとしたら、本当に申し訳ありません!
 
 
 それにしても、ジュラシック・ワールドや橋本環奈ちゃん、言論の未来やデモクラシーと並んで、キリスト教と罪の赦しまで論じるとなると、もはや一体何のブログであるのかすらよくわかりませんが、当ブログはいちおうのところ、宇宙のあらゆるトピックについて考える哲学ブログです。これからもあちこちに話題が飛んでゆくこともあるかと思いますが、どうぞよろしくお願いいたします!