イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

Sさんからの手紙   ー哲学のスピリット

 
 赦しについてのシリーズを終えた日に、Sさんからメールをいただきました。とても丁寧なお礼のメッセージで、助手のピノコくんとともに、「よかったね!」と喜びあっていました。
 
 
 その中でも特に心に残ったのは、次のような箇所でした。Sさんからの許可がおりましたので、以下に掲載させていただくことにします。
 
 
 「思えば、私はあの個人的な事件が起こってから、常に一人でこの問題と向き合ってきました。誰にも話さず、というよりも話せず、紙面の上の哲学者たちと黙って対話するだけだったので、この問題についてこんなにも囚われているのは世界でただ自分一人だけなのではなかろうか、という疎外感をいつも感じていました。
 
 
 しかし、philo氏がこの問題について真剣に論じてくださったお陰で、少なくともこの疎外感はかなり和らいだように感じています。ああ、赦しはやはり重要なテーマなんだ、私はこの問題に向き合っていてもいいんだ、と何かに"赦された"ような気がします。」
 
 
 ほかの誰も気にしていないように見える問いを抱えこんでしまったときには、その人はとても苦しむことになる。じつは僕も、今から数年前に「人間は、死んだら無になってしまうのだろうか?」という問いを抱えこんでしまい、長いあいだ苦しみつづけたことがあります……。今から思い返せば、「なんでそんなことになっちゃったの?」と自分でも言いたくなるほどに、あまりにも暗すぎる悩みでした!けれども、当時はなかなか自分と同じ問いを共有している人がおらず、そのことが原因で深く悩んだので、Sさんがこのようにお書きになる気持ちには、少なからず共感する部分があります。
 
 
 すべてを共有するのではないにしても、問えない問いをこのような機会をとおして共有できたことで、Sさんが感じていらっしゃった疎外感が少しでも消えたのなら、これにまさる喜びはありません。今回のシリーズからは多くのことを学ばせていただきましたが、哲学の営みそのものについても考えるところがあったので、記事の後半ではそのことに触れておくことにします。(ちなみに、上の問題については、今では自分のなかでほぼ解決がつきました。)
 
 
 
哲学とは ソクラテス
 
 
 
 僕は、今の時代の哲学は、もう一度、哲学のはじまりに戻る必要があるのではないかと考えています。ここでいうはじまりとは、古代ギリシアソクラテスその人が行ったような対話の営みのことを指しています。ソクラテスは、よく生きることや知るということをめぐって、自分のなかで考えるだけではなく、たえずまわりにいる人びとを対話に巻きこみながら問いかけつづけた人でした。
 
 
 そうしたことを踏まえたうえで、ここでは試みに、次のように言ってみたいと思います。「哲学することとは、生きることのよさを共に問いかけ、考えることである。」
 
 
 誰かとともに考え、語りあう。哲学の営みには、長いあいだ、この「共に」を軽視しつづけてきた部分があることは確かです。哲学を学んだことのある人であれば、デカルトからはじまる近代哲学が、「考えるわたし」の哲学として展開されたことを思い出すかもしれません。確かに、哲学には考える自分の内側にどこまでも引きこもってゆくというモメントがあることは否定できないように思います。
 
 
 その一方で、ここ数ヶ月のあいだデモクラシーについて考えつづけた結果、だんだん実感をともなって感じられるようになってきたのは、「現代の世界を奥底から突きうごかしているのは、自由な対話の精神にほかならない」ということでした。哲学のはじまりに見いだされる自由な対話のスピリットは、今では国や社会の原理のただなかに息づいているといえそうです。その点からすると、哲学は世の中の役に立たないどころか、世の中は哲学で動いているとすら言えることになってきます!これはさすがに、すこし言いすぎになってしまうかもしれませんが……。
 
 
 けれども、もしもこうした言い方のうちにもいくぶんかの理があるとするならば、哲学はもう一度はじまりに戻ってゆき、自由な対話のスピリットを取りもどす必要があるのではないか。現代という時代は、人間が進んでゆくべき方向がわからなくなり、何をしたらいいのかもわからないまま、ただやみくもに先に突き進んでいっているように見える。けれども、「生きることのよさを共に問いかけ、考えること」としての哲学がそこで役立つということもありうるのではないでしょうか。Sさんからの手紙は、こうしたことについて、改めて考えなおさせてくれました。ささやかながらこのブログも、さまざまなトピックを飛びまわりつつ、対話のスピリットが息づく自由な世界をめざして、一歩一歩進んでゆきたいと思います。
 
 
 それにしても、ここ最近は張りきって書きすぎたのか、目がとても疲れてしまいました……。しばらくのあいだは、更新の頻度を少しだけ落とす予定です。二日に一度ほどの更新になるかと思いますが、ブログ自体はこれからも元気につづけてゆきますので、どうかよろしくお願いいたします!
 
 
 
ももたろうくん 哲学とは
(一仕事終えた風のももたろうくん)
 
 
 
 
 
 
 
 
[共に考えることとしての哲学というトピックについては、もしよろしければ、こちらもご覧ください。]
 
 
 
 
(Photo from Tumblr)