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イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

ただ一つの望み

片隅をもう少し 哲学
 
 またしても、当初の予定から外れてしまいそうです。本当は、今回は自分のためにも底抜けに明るい記事にしようと思い、ピノコくんともその方向で話していたのですが、眼の調子があまりよくないので、なかなかそういう気分になれませんでした。というよりも、憂鬱な気分のなかで無理にテンションの高いことを書くというのは、あまりにも悲しすぎます!
 
 
 眼精疲労ですが、やはり、精神的なファクターが大きいようです。前回の記事をアップした火曜日には心身ともにほとんど不快感もなかったのですが、この記事を書いている水曜日は、眼の調子も含めて、軽度の鬱状態が一日中つづきました。身の回りの出来事いかんによって露骨に眼の状態に変化が起きるので、単なるストレスのせいだと割り切ってしまうのも手かもしれません……。
 
 
 今は、アルバイトを終えて家に帰ったのち、なんとか気力を振りしぼってiPadにかじりついているのですが、もう全てのものをかなぐり捨てて、「キエエエエ!」と叫び出したいくらいの気分です。
 
 
 精神が体の調子に引きずられるというのは、本当にやりきれないことです。心がだんだんすり減ってゆくような気分が、もう一ヶ月以上のあいだ、ずっと続いています。消耗戦ほど心を萎えさせるものはありません……。
 
 
 しかし、僕はもう、絶望するのはごめんです!僕は11月には、少なくとも一度、絶望に完敗しました。あの体験をもう一度くり返すくらいなら、眼精疲労も鬱状態も、まだ全然ましなものだといえます。苦しみに負けてばかりではいられません!
 
 
 
眼精疲労 神さま 精神
 
 
 
 以前の記事でも書いたとおり、僕は先月の体験をとおして、自分は神の存在を信じずには生きてゆけないのだと再確認しました。たとえ生きることがどんなに辛かったとしても、最後の瞬間には、きっと神さまが人間を救ってくれるはずだ。そう思うと、なぜか不思議と生きる力が湧いてくるのを感じます。とにかく、僕としては、いつかやって来るはずの神による救いを待ち望みつつ、この世でうめきながら闘いつづけるしかありません!
 
 
 書いたら、少しだけ元気が出てきました。眼の痛みも、なぜか今のこの瞬間にはあまり感じなくなっています。二日後には、もう少し状態がよくなっていることを望みます……!
 
 
 
 
 
 
 
 
[突然に「神さま」という言葉を出して戸惑わせてしまったとしたら、申し訳ありません……。神については、もしよろしければ、『この世の片隅をさまよいながら』というシリーズをご覧ください。]