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イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

この世にはあまり期待すぎずに

片隅をもう少し 哲学
 
 あらためて思いましたが、どうやら、僕の人生は少なくともいったんは終わったと考えたほうがよさそうです。このあいだから、未来が見えたと思ったらまた見えなくなり、頑張ろうと思ったらまた挫かれるということの連続です。今は、この世にはあまり期待を持ちすぎないほうがいいような気がします。
 
 
 その一方で、死後の救いについての考えは、いよいよ不動のものになりつつあります。自分はどうしても、神による救いを求めずには生きてゆけない。実は、このブログを始めるときには「神さまのことを論じるのは、とりあえず控えよう」と思っていましたが、幸か不幸か、もう書かずにはいられなくなりました。どちらにしろ、いずれそうなる運命だったような気もします。
 
 
 
期待しない 死後の救い 精神状態
 
 
 
 このイデーを今のうちに、僕の人生の核心に据えておいたほうがいいように思います。たとえこの人生が満足のいかないものだとしても、死んだのちにはすべてが解決するはずだ。最近は、前に比べてあまり精神状態が揺れなくなりましたが、それも、深いところでこの考え方になじみつつあるからかもしれません。
 
 
 人間は、いつか必ず死にます。死後の救いがないのならば、たとえ今がどれだけ幸福だとしても、すべてのものごとはいつか消え去ります。けれども、死後の救いがもしも存在するのならば、たとえ今がどれだけ苦しかったとしても、人間は望みを捨てずに生きつづけることができます。
 
 
 「死後の救いを、生き方の第一原理にして生きてゆく。」そう書いてみると、ずいぶん遠いところまで来てしまった気もしますが、思い返してみれば、3年ほど前からずっとそう考えつづけていたのも事実です。このイデーを不動の原点にしながら、この世にはあまり期待しすぎずに生きてゆこうと思います。