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イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

見たことがなく、いま見ていなくても

 
 「原初の状態にまでさかのぼった心は、生きている神のもとに帰りつく。」これが、今回の探求の結論です。
 
 
 最近あらためて痛感させられていることですが、僕は、この世界の中で生きてゆくのがどうしようもなく下手です。ここしばらくは、目の調子が相変わらずよくならないこともあって、希望が見えませんでした。もういっそ、この世から消えてしまったほうが楽なのではないかと思ってしまう時もありました。
 
 
 ただ、哲学で神の愛を追いもとめることだけは、まだどうにかできます。そう思ったとき、少しだけ生きるための希望が見えてきました。
 
 
 僕に生きている意味があるとしたら、考えることで神の愛を追いもとめることのうちにしかありません。これだけは、生きているかぎりはつづけるつもりです。
 
 
 
 哲学 神の愛 数字 生
 
 
 
  それにしても、神のことを信じる人の生き方は、とても不思議です。かれは、見たことがないのに神を愛し、いま見ていないのに信じています。
 
 
 けれども、僕はやはり、神の問いは、この時代が背負っている痛みに深いところで通じる問いなのではないかと考えています。
 
 
 今の世界からは、ひとを愛する力が急速に失われていっています。すでに多くの人が、うっすらとそのことを感じとっているのではないか。いま必要なのは、目に見える数字だけをひたすらに追いかけつづけることではないのではないか。
 
 
 この国の若者たちには、とくにこの痛みが重くのしかかっているように思います。すべての人の魂が枯れ果ててしまう前に、哲学のほうでもやれる限りのことをやっておくことにします。
 
 
 今回のシリーズについても、読んでくださって、本当にありがとうございました。引きつづき、神の問いを追いかけてみることにします。