今回の探求では、倫理法則を一つの原則のうちに集約させておくことにしましょう。その原則とは、「あなたは、他者に害を加えてはならない」というものです。
倫理法則はふつう、「〜してはならない」という形をとりますが、とりあえずのところは、上の定式でさまざまな法則をまとめて考えることができそうです。この原則さえ打ち立てることができれば、いくぶんかの議論の余地はあるにせよ、そこからあらゆる倫理法則を導き出すことができるのではないでしょうか。
さて、問題は、この原則を人間が守らなければならない根拠はどこにあるのかということです。
最初に検討したい解答は、次のようなものです。「人間が他者に害を加えてはならないのは、そういう原則を設定しておくことによって、誰もが利益を得るからだ。」まずは、この論について考えてみることにしましょう。
「あなたは、他者に害を加えてはならない。」考えてみると、この原則は、いわゆる善人で悪人であるかにはかかわらず、誰の役にも立つものであるといえます。
いきなり他者に害を加えられることは、誰も望みはしないことでしょう。あらゆる倫理法則が通用しなくなれば、社会は瞬く間に万人の万人による闘争に陥ってしまうはずです。
この論の強みは、「倫理を受け入れることは、誰にとっても合理的な選択である」と主張できることです。
心の中で何を考えているとしても、相手も自分にたいして何か企んでいるかもしれない。いつでも誰かにいきなり攻撃されるかもしれないという世界は、それこそ地獄に近いといえます。
それならばいっそ、「他者に害を加えてはならない」を人間社会の揺るがないフォーマットとして打ち立てておくほうが、はるかによいではないか。すべての人が理性によってこの原則に納得すれば、犯罪は地上からなくなるはずだ……。
この論は、理性さえ持っているならば、それこそ悪魔でも納得してくれそうです。「なるほど、それはわたしにも利益になる。わたしとて、いきなり殺されるのは御免こうむるから。」
わたしはわたしの安全のために、他者に害を加えることを断念する。この論ははたして、うまくいくのでしょうか。何やらはじめから危ういものをはらんでいるような気もしますが、まずはこのことから検討してみることにします。