イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

完璧なあなた

 
 失恋のさなかにある若者が、それこそ身を切り裂かんともいわんばかりの苦しみに悩まされつづけるのは、かれに「完璧なあなた」のイメージがいつまでもつきまとわずにはいないからです。
 
 
 悪魔的な彼女自身は、あくまでも人間にすぎません。ルー・アンドレアス・ザロメくらいの筋金入りのファム・ファタルともなると、もはや一種の人外の魔物なのではないかという印象を拭い去れませんが、それでも彼女とて、私たちと同じ人類の一員であることに変わりはありません。
 
 
 けれども、かれにとって彼女は、それこそ何の非の打ちどころのない、天使的な存在にほかなりません。汚れなく、しみ一つない、聖なる女性。それこそが、愛しい彼女にふさわしい本質規定であるといえます。
 
 
 恋愛が最も恐ろしいのは、そこではこのような聖なる存在が、同時に肉体と性をともなう具体的な人間としてこの世に現れでてくるという奇跡が起こってしまうからです。
 
 
 ここにはおそらく、人間を真に狂わせるものがあります。天上的なものと性愛との、逆説的な結合。これこそが、恋愛なるものの根底にある、秘儀そのものにほかなりません。
 
 
 
失恋 ルー・アンドレアス・ザロメ ファム・ファタル 天使 御使い
 
 
 
 私たちは幸い、今この時に恋に落ちている者ではないので、遠慮なしに要点を一つのフレーズにまとめてしまいましょう。恋愛とは、天使と恋愛関係を持ちうるという、じつに法外な可能性を示唆する経験であるように思われます。
 
 
 なんとも身も蓋もない表現ですが、ここでいう天使とはもちろん、信仰者の憧れてやまない、あの御使いとは完全に異なった存在です。たとえ言葉のうえであっても、御使いにたいして冒涜を働くことはけっして許されないことは、いうまでもありません。
 
 
 これから、恋と天使的なるものとのあいだに結ばれる関係について、もう少し掘りさげて考えてみたいと思いますが、一人の信仰者として、まずは最初に祈りを捧げておくべきかもしれません。
 
 
 「恵み深い天なる父よ、御名をほめたたえます。これからわたしは天使的なものと悪魔的なものの混ぜ合わせについて語ろうとしていますが、あなたの聖なる御使いたちをおとしめるつもりは全くないことを、ここに心から告白いたします。御使いは聖であり、あなたの聖さは永遠にほめたたえられるべきであります。アーメン。」