イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

空虚を満たすのは

 
 「完璧なあなた」をめぐる体験を通して若者の心のうちに空いた穴は、何をもってしても埋めることができそうにないほどに大きなものです。
 
 
 たしかに、哲学や芸術、科学といった、永遠の真理にかかわる仕事、または、命をかけて追いもとめるに値する、他のさまざまな仕事は、この穴のことを忘れさせてくれることがあります。
 
 
 また、若者がそののちに見つけるであろう生涯の伴侶は、かれに愛のことを多く教えてくれることでしょう。かれは、愛なるものはひとを魅惑するのではなく、ひとにかぎりなく与えるということ、燃えあがる情熱よりもはるかにかけがえのない、ある静かな感情が存在するということを知るでしょう。
 
 
 けれども、人間のうちにはおそらく、この世のどんなものをもってしても埋めることのできない空虚があります。
 
 
 恋の体験、すなわち、完璧なあなたをめぐるわたしの冒険は、わたしの心に穴をうがつことを通じて、この空虚の存在をわたしに気づかせます。
 
 
 この空虚は、わたしが存在するかぎりは必ず抱えこまなければならない空虚です。生きることそのものが痛みであると言わざるをえないのは、おそらくは、わたしのうちにあるこの空洞によることなのではないでしょうか。
 
 
 
 完璧なあなた 恋 信仰者 神 伴侶
 
 
 
 信仰者は自分に向かって、次のように言います。「わたしのうちに存在するこの空虚は、神以外のどんなものによっても満たされることができなかっただろう。」
 
 
 もしも神がいるとすれば、生きているかぎりわたしに痛みを与えつづけるこの空虚を満たしてもらうことができるのだろうか。この問いにたいする答えは、神を求めつづけた人にしかわかりませんし、他の人にたいして自分の答えの正しさを確証できる人は、原理的にいってこの世に一人もいないのではないかと思います。
 
 
 けれども、自分でも知らないうちに、まるで命そのものの息吹であるかのような愛に自分が満たされていることにある時ふと気づいた人は、そばにいる大切な人に向かって、次のように言わずにいられなくなるのかもしれません。「僕は気づいたんだ。神がいて、その神は、人間ひとりひとりのことを愛しているんだと思う。」