読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

哲学業界は意外に狭い?

哲学のアンダーグラウンド 哲学
 
 困難ばかり挙げていてもへこむだけなので、ここで、アンダーグラウンドで踏んばりつづける上で見過ごすことのできないポイントに注目しておくことにしましょう。それは、「哲学業界は意外に狭い」という事情にほかなりません。
 
 
 10年間以上にわたって大学や出版の状況を見てきましたが、哲学と思想の世界というのは関係者の数からすると、意外にこじんまりとしています。それだけに、何かの具合でどうにかなってしまうのではないかという野望(?)を抱くことも、それほど荒唐無稽とも思われません。
 
 
 文芸誌を読む人の数も、かつてに比べて激減したいま、哲学や思想を求める若者たちは、哲学の真理や世界の現状について語る場に飢え渇いているはずだ。いや、たとえ他の人びとがまんいち飢え渇いていないとしても、筆者(とまわりの何人かの友人たち)はもう、飢えに飢え、渇きに渇きまくっている。
 
 
 このまま、結局何もできなかった世代として終わりたくない。場所がないなら、アンダーグラウンドでやってやる。哲学業界は意外に狭いのだから、一発逆転ということだってありうるはずではないか……!
 
 
 
アンダーグラウンド 文芸誌 ヘルダーリン 哲学業界 芸術 キリスト
 
 
 
 要するに、俗な言い方でいうと、いわゆるワンチャン狙いということになるかと思われますが、より高貴かつ文化的な言葉づかいを用いるならば、「危機のあるところには、救うものもまた育つ(ヘルダーリン)」とも言えるかもしれません。
 
 
 事柄の本質からして、哲学や芸術には、少数者の実践していたマイナーな営みが、後になって予想もしていなかったような実を結んでゆくという側面があることは否定できないように思います。アンダーグラウンドを盛りあげるというのは困難な試みですが、一点突破をめざして粘ってみる価値はありそうです。
 
 
 さらに、キリストを宣べ伝えるという観点からみると、ここにはきわめて大きな希望があるといえるかもしれません。哲学業界は関係者の規模は小さいですが、じつに一億七千万人の人口を有する国の言論のあり方に大きくかかわっています。この世に神の愛の問いを投げかけるには、これはまたとないチャンスであると言わざるをえないのではないか……。
 
 
 「幻をわれに……。」妄想、いえ、ヴィジョンは、かぎりなくふくらんでゆきます。筆者自身の現状を眺めていても憂鬱状態に陥るだけなので、ここは目を高く天に上げて、上を向いて歩いてゆきたいところです……!