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イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

相模原の事件は……。

人権はリアルである 哲学
 
 体調がある程度よくなったと思ったら、今日はなぜか目がずっと痛くてほとんど使えなかったよ。
 
 
 「なんで?」

 
 わからない。精神的なものなのかな……?でも、本題はそこじゃなくて、そのせいで今日は去年のことを思い出してたんだ。


 去年の今ごろの僕の調子は最悪だった。いや、もう二度とくり返したくないよ、あれは!目がダメになったこともそうだけど、体よりも心がきつかったな。


 あの時は、「目がまともに使えないってことは、僕はもう終わりだ」って本気で思っていた。自分が役立たずだっていう感覚を、あれほどダイレクトに叩きつけられたことはなかった。


 そんなわけで、自分の存在価値がゼロではないかと思わされるっていうのは大きな体験だったけど、今は自分の話がしたいわけじゃなくて、その時のことをぽつぽつと考えていたら、去年の、あの相模原の殺人事件のことを思い出したんだ。



相模原 目 役に立たない 個別指導
 
 

 「……あの事件か。」


 うん。「役に立たない人間は、この世から消えた方がいい。」あの事件を起こした彼のロジックをうんと切りつめるとすれば、そうなるかと思う。


 あの事件が起こったとき、僕には他人事とは思えなかったところがあった。目のことで自分が役立たずなんじゃないかとはずっと思ってたから、ああ、無条件に殺される側に立たされるっていうのは、ひょっとしたらこういう感じなのかもしれないなって思ったんだ。


 今は個別指導のアルバイトも、子供たちに文章を読みあげてもらったりして、いちおう何とかなってる。でも、あの事件の背景にある問題については、この機会に少し考えておきたいんだ。この問題は、僕たちが生きているこの時代のとても深いところにつながっている気がする。