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イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

人生の逆転劇

 
 3.もしすべての人間が自らの自由意志を貫徹させて生きるならば、いずれ地上からキリスト者は消滅する。

 3の命題に示されているような事態を望まないキリスト者としては、次のような命題を信じるほかありません。


 「人間がキリスト者になることを選びとることができるように、神が人間に恵みを与える。」


 恵みは恩寵と訳されることもありますが、恵みのほうがわかりやすいので、私たちはそちらを採用することにしましょう。個人的には、恩寵という古い言葉の響きも、とても好きなのですが……。


 ここでいう恵みとは、神が人間を自分のもとに引き寄せることだと考えると、理解しやすいかもしれません。人間は自由意志ではキリスト者に示された神の愛を信じようとはしないので、信じることができるように、神が人間を引き寄せてくださるというロジックです。


 「そんなこと言われても、引き寄せてもらわなくてけっこうだ!」と言いたくなるのもムリもないように思われますが、神は一人一人の人間をたまらなく愛しておられるので、どうしても自分のもとに戻ってきてほしくて人間を引き寄せずにはいないのだというのが、信仰者の信じるところです。にわかには受け入れがたい話ではあるかもしれませんが、こののちの議論のために、ロジックの枠組みを紹介させていただきました。


 
キリスト者 恵み ま坂 信仰



 神による恵みは、いわゆるこの世の秩序を超える次元に属するといえますが、信仰を持っていない方にも、これに少し近い事態について納得してもらうことはそれほど難しくないといえるかもしれません。


 私たちの人生は、自分でも予想していなかった出来事に満ちあふれています。その中には、「自分の自由意志で望んでいたことが実現するよりも、結局はこっちの方がよかったな」と感謝せずにはいられないことも、少なくありません。


 自由意志で望んだことを実現してゆくのも、人生に大きな充実感を与えてくれますが、自分の望みを超えたミラクルが起こるというのも、人生のロマンティックなところです。もちろん、自分の見通しを超えたトラブルや不幸に巻き込まれるという可能性も、つねにありますが……。


 とにかく、人生とは自己実現のプロセスであるにとどまらず、逆転につぐ逆転の連続であり、目まぐるしく落下しては上昇するジェットコースターでもあることを考えると、自由意志を超える次元が存在することは、どうやら間違いなさそうです。「人生にはまさかという坂がある」を、今日の結論とさせていただくことにします……!