イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

肯定するべきものは……。

 
 昨日の一日をかけて考えてみて、発見したのだ、ピノコくん。僕は「人間はよく生きるために苦しむことが必要か」という問いを立てていたが、ひょっとするとこれは、問いの立て方自体が間違っていたのかもしれない。


 「……なんで?」


 よく考えたら、僕には苦しむことが必要かどうか、考えてみる必要なんてないのだ!だって、いま苦しいんだから!苦しみながら「苦しむことは必要か」なんて考えても、しょうがないのであある!


 ……と思ったら少しだけ、ラクになったよ。これは、人間にはどうしようもない。苦しむか苦しまないかは、人間の自由にはならないのだ。逆流性食道炎が自由にはならないのと、まったく同じように……。


 ひょっとしたら、わりとラクして波に乗りまくるアゲアゲな人生というのも、ありうるのかもしれない。


 でも僕の現実はといえば、アゲアゲなのは逆流する胃液くらいのもんで、あとはもう、できるかぎり低空飛行でだましだまし生きつづけるしかないのである。だましだまし生きて哲学するよりほかに、どうしようもないのである。


 唯一の救いは、世の中には苦しみまくりながら偉業を達成した人もたくさんいるし、苦しみまくりながら偉業を達成してない人もたくさんいることだ。僕ももう、偉業なんて達成できなくていい。細々と、地面すれすれの低空飛行で生きるのだ……!



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 僕はもういいのだ、ピノコくん。僕は最初のころ、「これだけ苦しいんだから、頑張っていつかはアゲアゲに……!」と思っていた。月日がたつにつれて、気力がだんだん失せていった。今はもう、アゲアゲという言葉すら口にしたくない。口にすればするほど苦しみも増すってことが、身をもってよくわかった……。


 根性なしでもヘタレでも、もう何でもいいのだ。僕は僕なりに、うめきながらこの地上で生きる。いろいろ申し訳ないから、できるだけ隣人愛の実践もがんばってみる。できなかったらできなかったで、その時は謝るしかない……。


 ただ、「誰だって生きていていいんだ」ってことを、伝えられたらなぁ!どんな人だって、生きていていいはずなのだ。ムダな人なんていないはずなのだ。すべての人が愛されているはずなのだ。そうじゃないと、僕みたいな人間は生きてゆけないじゃないか。


 死ぬのは怖いけど、生きているかぎりできるだけ頑張ってみるよ、ピノコくん。低空飛行を大肯定する哲学者だって、この世にいてもいいはずだ……!