イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

哲学の戦場

 
 「バック・トゥ・ザ・生者の世界。」なんとか死者の中からの復活を果たし、2017年のバビロン東京に戻ってくることができましたが、さて、これからどうするべきか……。

 
 「哲学に、何ができるのか。」


 筆者は哲学の道をすでに選びとってしまいましたが、これは、とにかく理屈をこねてこねて、こねまくる道です。言葉だけが武器なので、つまるところ、どれだけイルでクレイジーな概念とフレーズを繰り出してゆけるかだけが問われるといえます。


 しかも、ラッパーではないので、ライムもブレイクビーツもなく、基本的にはただ文字だけが持ち駒です。ひょっとすると、エクリチュールではなくパロールでブチかますハードコア哲学者も将来には登場するかもしれませんが、現状においては、本やブログ、それにツイッターが哲学者たちの主な戦場となっています。


 恥ずかしさをふり捨てて、地球初のユーチューバー哲学者をめざすという選択肢もなくはありませんが、少なくとも臆病者の筆者には、そこまでハジける勇気はありません。動画を作る技術もないので、おそらくは、うっかり手作り動画をupして大きなお友だちのみなさんからこき下ろされる、かわいそうな小学生のごとき運命をたどることは必定であると思われます。



バビロン東京 ハードコア哲学者 ユーチューバー哲学者



 ただ、たとえ犬死にに終わるとしても、哲学者は哲学者なりに、2017年のバビロン東京ストリートライフを生き抜くという課題に挑戦しなければならない。それは一つには、表面的には20世紀の後半ごろ、おそらく本質的にはそれよりももっと前から、哲学それ自身の肩身がますます狭いものになってきているからです。


 このままでは、哲学が大学で生き残ってゆくことすら危うい。アルバイト生活で生きてゆく予定の筆者の未来もかなりデンジャラスですが、哲学自身が大学から消え去る日がいつかやって来るとしたら、未来の哲学青年にたいして申し訳ないような気もします。


 「大学生は哲学なんて学ばずに、役に立つビジネススキルを勉強すればいいのだ!」と主張するマザーファッカー……いえ、そのように主張する方もしれませんが、やはり哲学徒としては、哲学を次世代に残す努力はしてゆきたい。さて、一体どうするべきか……。


 いずれにせよ、個人にできることは限られていますが、これは今世紀の哲学が抱える大問題であるといえます。「ひょっとしたら、哲学自体が滅びるのではないか」というのは鬱ですが、見ようによってはサバイバルでエキサイティングな時代であるとも言えなくはないかもしれません……!