イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

キャンディーズ『暑中見舞い申し上げます』

 
 やはり、一曲だけでもキャンディーズの名曲を紹介させていただきたいという思いを抑えることができません!季節はもう夏ということで、FINALサマーチューン『暑中見舞い申し上げます』を分析してみることにします。うーわお!

 
キャンディーズ/暑中お見舞い申し上げます
 
 
 「暑中見舞い申し上げます」


 超ハイテンションの「うーわお!」の叫び声のあとに、まるで天から啓示されるかのように降り注ぐ、出だしのコーラス。キャンディーズの真価は、コーラスのハーモニーのうちにあります。アイドル歌謡を超えて合唱曲の域に達しつつ告げられる、キャンディーズからの夏のあいさつです。

 
 「まぶたに口づけ  受けてるみたいな  夏の日の太陽は  まぶしくて」


 熱いけれども心地よい、夏の日差しをまぶたへの口づけとして開示するキャンディーズの現–存在ぶりはまさにエルアイグニスというほかありませんが、これを聴いたのちには、うっとうしい太陽も愛しくてたまらなくなります。挿入される「アアア」と「ンンッンー」という謎の音声もエルアイグニスです。


 「なぜかパラソルにつかまり  あなたの街まで飛べそうです」


 キャンディーズの十八番、恋する普通の女の子のイデアが炸裂しています。パラソルであなたの街まで飛んでゆくという、もはや目が点になるというしかない、ぶっ飛んだノロケぶり。しかし、中くらいのノロケはちょっぴり迷惑でも、究極にまで達しノロケなら天下を取れる。昭和の恋する女の子はパラソルで飛びます。あなたの街まで飛ぶのです。



暑中お見舞い申し上げます キャンディーズ パラソル タウマゼイン 現ー存在 エルアイグニス 永遠回帰
 


 「今年の夏は  胸まで熱い  不思議な不思議な夏です」


 これもすさまじいノロケですね。キャンディーズの現–存在は、恋する夏の神秘にタウマゼインしています。

 
 実は、神秘というよりはこれもまた単に「恋するわたしの胸が熱いの!」というノロケにすぎないのですが、筆者が口にしたならば石を投げられても文句を言えないセリフでも、キャンディーズならばお咎めはありません。個人的には、「今年の夏は」の部分のエモーショナルなメロディーラインが、「飛べそうです」のメロディーとの弁証法的な対比と、旋回する「は」の奇跡的な響きを含めて、もはや芸術の域に達しているように思います。


  「暑中見舞い申し上げます」


 最後に、冒頭の天上的なコーラスが回帰してきます。しかし、ジル・ドゥルーズも言うように、永遠回帰は同じものの回帰ではない。反復のn乗の力能を、これほど鮮明に感じさせてくれる曲はほかにありません。


 一回目のコーラスは、キャンディーズから私たちへのあいさつでした。二回目のコーラスは、ビーチにいる恋する女の子からあなたに向かっての「早く会いたいの!」というメッセージです。しかし、二回目のコーラスは、一回目の特異性を理念のうちに巻きこみつつ反復することで、もはやキャンディーズの声なのか恋する女の子の声なのかが判別のつかない生成変化の不確定ゾーンのうちで、異様に美しく響きわたります。まぎれもない芸術というほかありません……。


 というわけで、最後は思わずこの曲の美に打たれるあまり、ハイテンションというよりは崇高な何かに遭遇してしまいましたが、この曲がハイテンションで底抜けに明るい暑中お見舞いソングであることは、いずれにせよ間違いありません。今日はだいぶはしゃぎすぎてしまいましたが、キャンディーズの楽曲のすばらしさに免じて大目に見ていただければ幸いです……!



 
 
 
 
 
[助手のピノコくんによると、たまたま今週のお題は「私の『夏うた』」だそうです。テンションMAXのサマーソングに飢えている方は、もしよろしければこちらもご覧ください。]
 
 
 
 
 
(Photo from Tumblr)