「いま私が書いているのは、かつて、私自身が……。」
そうなのだ。いま僕が書かずにはいられないのは、かつて、僕自身が他の人々の言葉に衝撃を受けたからなのだ。
試しに、名前を少しだけ挙げてみる。サミュエル・ベケット。ヘンリー・ミラー。ヴァージニア・ウルフ。ジェームズ・ジョイス。ジル・ドゥルーズ。マルティン・ハイデッガー。エマニュエル・レヴィナス。ジャック・ラカン……。
挙げだしたらキリがないけど、かつての僕は、本当に感動したのだ。この人たちはすごすぎる、と思った。なんで僕自身よりも僕自身のことを知ってるんだろう、と思ったものだ。読むことが人生のすべてという時期は、確かに存在するのだ。
だからこそ、僕も同じことに挑戦してみたいのである。時代がどうであろうと、生まれた国がどこであろうと、何かに読みふける若者というのは、どこかに必ずいる。彼は世界の秘密を、魂の秘密を求めて、哲学に、文学に答えを探すだろう。
この世がどうであろうとも関係ない、俺は真実を知りたいのだ、その答えがどこかに書いてあるはずなのだ。彼はそう信じて、図書館じゅうを引っかき回すことだろう。
わからない。僕は結局、昔の自分を肯定したいだけなのだろうか。あの頃は今みたいに目の調子も悪くしていなくて、一日中読んでいられた。いま思うと、自分のことしか考えてなくて本当に馬鹿だったけど、それでも本当に楽しかったなぁ……。
今では後悔していることもたくさんある。というか、ほとんどそれしかない。でも、人生の一時期に他のことを何も気にせずとにかく本を読みまくることができたことには、感謝としか言いようがないのである。楽しかったよ。本当に楽しかった。あの頃のことを思い出すと、今でも涙が止まらないのである。
僕がずっと通ってた図書館は、あと二年くらいしたら取り壊されるらしい。寂しいのである。テンプレかもしれないけど、多分それぞれの人に忘れられない場所ってある。建物はなくなるだろうけど、あれだけ歩き回ったから、あの図書館の本の配置を忘れることはないだろう。