イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

甲か乙か、船越さんの実像

 
 考える時間がほしいと言って去っていった船越さんからは、言うまでもなく、何の連絡もありませんでした。A君と彼女の関係については、他に特に何も起こらない限りはこの断絶をもって最終段階とするのが、予測としては妥当なのではないかと思われます。
 
 
 論点:
 ひとは、自分のことを理解してくれないと感じる相手に対しては、冷酷になることに抵抗を感じにくい。
 
 
 船越さんは「感じのよい女の子(以下、甲とする)」ではなくて、「感じのよい女の子として振る舞い続けることを自分でも止められない女の子(乙とする)」でした。乙である人間を甲と思い込み、かつ、甲としての船越さん(これは、実は乙である彼女について作り上げられた幻でしかない)に向かって語り続けてしまったのが、A君をはじめとする高校男子たちの敗北の原因であったといえます。
 
 
 このことについては、あたかも甲であるかのように振る舞っていた船越さんの側には問題はなくはなさそうですが、彼女としては、乙である自分を理解せずに甲として萌え消費されつづけることには、内心我慢がならなかったのかもしれません。
 
 
 A君としては、「それなら早くそう言ってくれようおぉん」と泣き出したい気持ちかもしれませんが、A君は、船越さんの側からは「相も変わらず勘違いしながら近づいてくる、NPCの男子高校生の一人」くらいにしか見えていませんでした。ちくしょう、僕はNPCなんかじゃないぞ、僕だって人間なんだぞくそうというA君の心の叫びが船越さんに届くことは、残念ながら決してなさそうです。
 
 
 
 NPC 人間 他者 甲 乙
 
 
 
 ところで、もしもA君が船越さんに次のような言葉をかけていたとしたら、ひょっとしたら結果は違っていたのかもしれません。
 
 
 船越さんへの問いかけ:
「君は甲である人間として振る舞っているけれど、本当は乙なのではないか?」
 
 
 この問いかけには、「船越さん、君のことが好きだ」という言葉のうちに見られるような、好意の表明は全く含まれていません。しかし、船越さんという人間に近づきたいと思うならば、下手に告白するよりも、このような問いかけをしてみた方が彼女の心の深いところにまで届く可能性は高いのではないか。
 
 
 「甲である君が好きだ」は、本当は全然甲ではない船越さんにとっては、誤解と思い込みに基づく身勝手なアプローチでしかありません(そのような誤解を誘発しているのは船越さん自身ではないかという問題は、今は置くこととする)。それならば、甲ではなく乙である船越さんの、その乙性そのものを彼女自身に指摘するとすれば、その時こそが本当の対話の出発点なのではないか。他者をめぐる今回の探求も、ここに至ってようやく大詰めを迎えつつあるようです。