イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

ただ、一切は過ぎてゆく

 論点:
 哲学の道に進むとすれば、その若者はどこかの時点で必ず「果たして将来生活してゆけるのか」という問いに悩まされることになろう。
 
 
 おそらく、最大にして究極の問題とはこれであろう。
 
 
 ていうかさ、お金の問題さえなければ、哲学の道が最高なことは間違いないと思うんよ。哲学という営みのうちに汲めども尽きせぬ喜びがあることは、少なくとも哲学気質の人間にとっては否定しがたい。しかし、言うまでもなく、楽しいだけのことなんてこの世にはありえないわけである。
 
 
 たとえばだ。僕は今までの人生の中で、少なからぬ数の本を読んではきたつもりだ。だが、哲学のおかげで現金が入ってきたことなんて一度もない。今さらではあるが、どれだけ勉強しまくったとしてもお金が入ってくる可能性は限りなくゼロに近いというのに、一体僕は何をやり続けているのだろうか。
 
 
 「……。」
 
 
 いや、もういいんだよ。僕は納得してる。ていうか、自分が勉強したいことを勉強してるわけだから、それでお金をもらうというのは都合がよすぎるというのは否定しがたい。
 
 
 うん。全然文句ない。文句ないけどさ。でもだよ、哲学の道がこんなにお金から遠いとは思わなかったよ。いやー、マジで将来のことか全然考えてなかった。そこのとこだけは涙が止まらんよ、しくしく……。
 
 
 
 哲学 お金
 
 
 
 ちくしょう。もういよいよ後戻りできなくなってから初めて「うぉぉ金稼ぎてぇ」とか思うようになったけど、時すでに遅しである。おお、金よ。僕は一度くらい、しこたま金を稼いでみたかった。ワンチャン哲学で食べてく道もあるんじゃないかとか考えてた昔の僕を、今からでもそこに座らせて説教してやりたい……。
 
 
 哲学の道に進んで後悔してないですかって、若者に聞かれたとする。いやもう、まったく後悔してないって言えば嘘になるよね。何度も言うけど、金とか稼ぎたかったよ。ごめん、哲学の話をするはずだったのに、なんかお金の話ばっかりしててごめんね……。
 
 
 「……。」
 
 
 多分、僕も四十歳くらいまではこのままやってけるけど、その後は超絶しょっぱい未来が待ってる。でも、もう色んなこと心配するのやめちゃった。心配しても何にもなんないしさ。
 
 
 書いてたら、マジでどうにもなんないという事情があらためて認識できたのである。でも、この辺りのことはわりと考え尽くしたから、もはや衝撃も感慨もない。ただ、一切は過ぎてゆく。今回は自分の現状を書いてたら紙数も尽きてしまったが、そういう色んなことを踏まえた上で、哲学を擁護するという仕事にこれから取り組むこととするか……。