イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

『ジョジョの奇妙な冒険』の形而上学(3)

スゴクいい!いいビンタだ!手首のスナップといい腰の入れ具合といい、こういうビンタを繰り出せるんなら、君の健康状態はまちがいなく「良好」だ!
メローネ
 
  「いい」というこのシンプルな叫び声は、『ジョジョ』シリーズの全編をとおして鳴り響いています。中世のドゥンス・スコトゥスという哲学者は、緻密に考えようとするあまり、ロジックに凝りに凝ったため、「精妙博士」というあだ名をもらうことになりました。それからはるかな時を超えて、現代の哲学者であるジル・ドゥルーズは、ドゥンスが主張した「存在の一義性」という概念にアレンジを加えて自らの差異哲学の内側に組みこんだのですが、そこで言われていることのエッセンスは複雑どころか、実はとてもシンプルなものです。そして、「いい」という叫びが関わっているのも、この存在の一義性の問題系にほかなりません。
 
 
  存在するという語は、すべての存在者について語られるのだが、この語の意味は、多くの意味を持つことがなく、ただ一つである。これは、別に取りたてて言うことのない主張のようにも聞こえますが、たとえば、ドゥンス・スコトゥスとほぼ同時代に生きたトマス・アクィナスは、これとは別な考え方をしています。その違いの詳細についてはここでは触れませんが、このようにして「存在の一義性」にひとたび焦点を当てはじめると、逆に、存在者そのものの差異がかつてないほどにきわだってくるのだと、ドゥルーズは主張しています。AとBとCとはこれほどにも異なっているのに、AもBもCも、存在するという唯一の声によって語られる。『ジョジョ』のキャラクターたちは、「存在する」のかわりに「いい」と言います。こちらの方が、存在の一義性というイデーのうちにはらまれている差異の肯定というモメントが、よりダイレクトに表現されているといえるかもしれません。
 
 
  ディモールトいいぞ、よく学習しているぞ。立ち止まるんだミスタ、その位置がすごくいい。なるほど、君は24か。ベリッシモいい年齢だ。荒木さんには、状況がある一定のリミットを超えて、もはや倒錯的としか言えないくらいにまでテンションが高まると、キャラクターたちに「いい」という言葉を連発させる傾向があるように思います。多様で強烈なものに直面すればするほど、そして、差異が差異そのものとして肯定されるようになればなるほど、叫びはシンプルなものになる。あの有名な、イタリアンレストランでの「んまぁーい!」は、この「いい」という叫びの変種であると考えることができるでしょう。それは、存在の一義性の大海を高速度で横切ってゆく意識がモッツァレラチーズとトマトの上をかすめてゆく際に発される、もはや言葉ともいえない言葉にほかなりません。
 
 
  荒木さんの企ては、意味と無意味のあいだで途方もない強度を炸裂させつつ進んでゆくアドヴェンチャーを作りあげることである、と言うことができるのではないでしょうか。古典的な冒険物語のなかでは、主人公たちがくぐり抜ける状況はさまざまなものであるとはいえ、意味そのもののリミットは、いつでも安全に守られています。ところが、『ジョジョ』における冒険は、そのリミットがつねに突き破られて、意味が無意味ときわめてスリリングな絡みあいを展開するなかで進んでゆくといえる。この冒険のうちでは、ふだんははっきりと見えていなかった存在の一義性のフィールドがむき出しになって、異様な肯定の叫びがそこかしこで響きわたります。偽りの運命論によるならば、宇宙のすべての生成は前もって予測されたものであり、すべての述語は主語の内側に包摂されていました。『ジョジョ』のキャラクターたちが冒険をはじめるやいなや、事態は一変します。述語は主語から解き放たれて、もはや主語のないところで狂ったように跳ね回りはじめるようになる。それとともに、宇宙そのものは、予測不可能なものへと姿を変えつつ、生成のイノセンスをふたたび取りもどします。とてつもなく大きなスケールの形而上学的な探求と、どこまでもミクロで倒錯的なプロセスとが手と手をとりあって進んでゆくのが、『ジョジョ』の最大の魅力のひとつであると言うことができそうです。
 
 
  ここでは試みに、ジル・ドゥルーズの思考とのクロスオーヴァーの様子に焦点を当てて探ってみました。けれども、すべてを語りつくすというわけには到底ゆかず、この作品のかぎられた一側面に光を当てるにとどまったようにも思います。哲学者たちは、『ジョジョの奇妙な冒険』シリーズから、もっと数えきれないほど多くの教訓を受けとることができるでしょう。
 
 
  アリアリアリアリ、アリーヴェデルチ。一回プラス三回にわたって『ジョジョ』について論じてきましたが、これでいったん一区切りということにさせていただきます。ありがとうございました!よい休日をお過ごしください。