イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

それにしても、この呼びかけはどこから

 

アノマリーの特異性を解放する   ー???

 
 
 しかし、第三の道もあるように思います。9条はこれまで長い時間をかけて、みずからの特異性を解放するモメントを、時を追うごとに少しずつ失いつづけてきました。けれども、ここで、次のような問いを立ててみることはできないでしょうか。「アノマリーとしての9条をいかなる限界もなしに解放するとしたら、いったい何が起こるのだろう。この条文のうちに眠りこんだまま宿っているイデーを目覚めさせるとしたら、どのような世界が見えてくるのだろうか。」
 
 
 確かに、この問いはリアリティーをまったく欠いているように見えます。今さらそう問いかけてみたところで、どうなるというのでしょうか。けれども、その一方で、日本国憲法第9条が今この時にも現実の世界を突きうごかしつづけているという事実を、私たちは知っています。
 
 
 たとえば、政治家でもないのに、今月の15日にあれほど多くの人が国会議事堂前に出ていったのは、なぜだったのでしょう。その日の衆議院の審議の過程が、国営のテレビによって放送されることはありませんでしたが、それは一体、何をはばかってのことだったのでしょうか。あの日には、9条のことをもっと考えなくてはならないと思った人が数多くいたのと同時に、9条のことをどうにかして見えないものにしてしまおうとする力もまた、強く働いていました。このことは逆に、日本国憲法第9条が、今この時にもきわめて慎重な取り扱いを必要とするものでありつづけていることを示しているのではないでしょうか。
 
 
 多くの人が、9条の条文のうちに底知れない力が働いているということについて、生々しい実感をまじえながら語っています。たとえば、ジャーナリストの池上彰さんは著書のなかで、次のように言っていました。頭の中で考えているときには、9条を改憲してきちんと戦力を持てるようにすることが道理にかなったことであるということについては、確かに納得できる。理性的に考えるならば、これしかないのかなという気もする。けれども、そう考えている私の中には、もう一人の私がいて、その私は、9条を変えるなどということはとんでもないことだと怒っている。私はその二人の自分のあいだで、今も答えを出せずに迷っているのだ。
 
 
9条
 
 
 改正の規定によって守られている点を除くなら、絶対平和のアノマリーである9条があまりにも現実の要求にたいして弱いものであることは、否定することができません。この条文は、つねにそれを変えようとする力にさらされ続けてきましたし、現実にたいしても妥協を強いられ続けてきました。それにもかかわらず、この条文が今もこの国の人びとのなかで、ある種のデモーニアックな力をふるいつづけているというのも確かです。そのままの意味で守られてなどいないことは誰もが知っているのに、この条文は、なぜこれほどまでに人びとの心をざわつかせるのでしょうか。まるでこの条文が、不可能なことは明白であるにもかかわらず、「私のことを守りなさい」と、今も私たちに呼びかけつづけているかのように。
 
 
 どうやら、9条のうちには、私たちにとっても未知の何ものかが存在しているということは確かなようです。したがって、ここから先は探求の方向を逆転することにさせてください。これまでの記事では、9条がこれまでの流れの中でいかに現実から離れてしまったかについて論じつづけてきましたが、ここから先の記事では、9条の内容がきわめてリアルなものとして現れてこざるをえない方向にむかって探求を進めてみたいと思います。
 
 
 私たちは、この2015年で戦後から70年を数えることになりますが、まさにその年に集団的自衛権の行使をめぐって9条の解釈に大きな変更がなされるというのは、偶然の一致とはいえ、なにか運命的なものを感じずにはいられないところです。この国はいま、戦争と平和についての考え方をめぐって、かつてとは違う方向にむかって進みつつある。このこと自体がよいのか悪いのかは別にするにしても、この条文のうちに示されている特異性について、今のうちにしっかりとした認識を持っておくことは、これから先のことを考えるうえでも必要になってくるのではないでしょうか。
 
 
 現代の哲学は、理性を超えたところで働く底知れない力の存在に、しだいに目を向けはじめています。9条をめぐるこの問題も、どこか通常の理性の範囲には収まりきらない射程をもっているようですが、これからこの条文の力の根源にむかって、さらに奥深くへ進んでみることにしたいと思います!もしよろしければ、気になった記事だけでもお付き合いいただければ幸いです。
 
 
 
 
 
[当初はこのシリーズを半月ほどで終わらせるはずだったのですが、予定よりもかなり長くなってしまいそうです。8月15日の終戦の日までには完結するはずですが、これまで読みつづけていただいていた方には、ご迷惑をおかけすることになってしまいました。ここでお詫びさせていただきます。
 
 なお、記事のなかで挙げさせていただいた池上彰さんの言葉は、『憲法はむずかしくない』(ちくまプリマー新書、2005年)の最終章にあります。]
 
 
 
(Photo from Tumblr)