イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

ナイ氏が提示する三つの選択肢と、アーミテージ氏が語る核兵器の使用

 
 アーミテージ・レポートについて一通りのことを確認したので、今回からの記事では、このレポート作成にかかわったリチャード・アーミテージ氏とジョセフ・ナイ氏による、2010年当時の発言を取りあげてみることにしましょう。興味のおありになる方は、『日米同盟vs中国・北朝鮮』(文春新書、2010年)という、ちょっと物騒なタイトルの本を参照してみてください。もちろん、この本におけるアーミテージ氏とナイ氏の発言は、国家としてのアメリカのスタンスをそのまま示すものではありませんし、2010年と今とでは状況が変わってきているという点については強調しておかなければなりませんが、一貫して日米関係に深くかかわりつづけてきたこの二人の言葉は、今の事態を考えるうえでとても参考になると思うので、ここに引用させていただくことにします。
 
 
 まずは、クールなインテリというイメージがふさわしい、ジョセフ・ナイ氏の発言を取りあげてみることにしましょう。国際政治学を専門としており、ハーバード大学の政治学系の大学院で学長を務めたこともあるナイ氏は、日本について次のように言っています。
 
 
 「日本には三つの選択肢がある。日米同盟の堅持・強化、フランスのような自主独立路線、あるいは二十一世紀の大国となる中国の属国化だ。日本が手に出来る唯一の選択肢は日米同盟の継続しかないはずだ……」
 
 
 核兵器というファクターを背景にして考えると、とても論理的で、「まさにその通りです」としか言いようのない発言です。私たちの国は現在、核を持っていません。この状況においては、独自外交路線を取ろうとしても、それはきわめて難しいものになってこざるをえません。ならば、ここはひとつ勇気を出して、自力で核武装するべきでしょうか?すでに見たように、これは、アンドレ・マルローが当然進んでゆくべきだと考えていた道でした。このような主張をする方も確かにいますが、今のところこの選択肢は、まだほとんど私たちのあいだでは真剣には受けいれられていません。のちにまた改めて見てみたいのですが、僕もこの道はやめておいた方がいいのではないかと考えています。
 
 
 とはいえ、「そうか、仕方ないな。よし、中国の属国になろう!」と主張する方は、たぶん一人もいないのではないでしょうか。たしかに、おいしい中華料理は今以上になじみ深いものになると思いますし、ひょっとすると友好の意味をかねて、パンダの10匹や20匹ほどは全国の動物園にやってくるかもしれませんが、それ以外のメリットとなるとそれほど思いつきません!
 
 
 「となると、やっぱり日米同盟かなぁ。」今のところは、これしかないのかもしれません。しかし、私たちの日常については、これで本当に安心なのでしょうか?私たちはこれで、カーン博士の悪夢を逃れることができたのでしょうか?心強いことに、アーミテージ氏とナイ氏の二人は、「心配しなくても、日米同盟ならば大丈夫だ」と、私たちに太鼓判を押してくれています。これから、そのように保証してくれていることの根拠をさらにたどってみることにしたいと思います。
 
 
ジョセフ・ナイ、リチャード・アーミテージ
 
 
 さて、次はリチャード・アーミテージ氏の発言を取りあげてみることにします。中国による核の先制不使用宣言について、氏はこう言っています。
 
 
 ご自分の歴史を振り返ってみて下さい。真珠湾攻撃のことを。一体、誰が「これからお前を攻撃するぞ」と言うのですか。そんなもの、信用できるはずがないでしょう。何もないよりはましかもしれませんが。
 
 
 ここでの氏の発言は、核戦略にかんしての事の本質を突いているのではないかと思います。インタビューを行っている春原剛さんからの受け売りになってしまいますが、冷戦時代のソ連も核の先制不使用を宣言していましたが、のちに明らかになった資料によると、ソ連は実のところ、自らの宣言をまったく省みることなく、つねに先制使用のことをきわめて前向きに考えながら戦略を練りつづけていたそうです。アーミテージ氏はつづいて、次のように言います。
 
 
 だから、我々は「核の先制不使用」という言葉を使い、「非先制攻撃」とは言わないのです。もし、敵ミサイルがこちらに向かって飛来してくるのを確認したならば、我々は最初に攻撃します。この言葉づかいの違いにはいつも細心の注意を払っているのです。
 
 
 われわれアメリカは、核を先制使用しない。先ほどは「いったい誰が、相手の先制不使用の発言など信用することができるのか」と言っていたアーミテージ氏ですが、ここではアメリカ側の核の先制不使用について、力づよく宣言しています。そのことはともかくとしても、ここでは、言葉づかいの違いについて把握しておくことが重要です。
 
 
 先制使用(First Use)とは、文字どおり先にミサイルを発射することです。これにたいして先制攻撃(First Attack)とは、先に相手にじっさいの核攻撃を与えることをいいます。つまり、アーミテージ氏のメッセージは、次のようなものになるでしょう。たしかに、われわれは先にミサイルを発射することはしない。だが、われわれはたとえ後手に回るとしても、必ずお前たちに先制攻撃を食らわせる側に回ってみせるぞ。
 
 
 「なんて心づよいんだ!アメリカ最高!」と小躍りする人もひょっとすると中にはいるかもしれませんが、僕はだんだん、事態が恐ろしくなってきました……。
 
 
 けれども、アーミテージ氏とナイ氏は、心配する日本国民の肩を叩いて、やさしく声をかけてくれます。「大丈夫、アメリカを信頼するんだ。私たちは、持っている弾頭の数が違うからだ!」いま何か、すさまじい違和感を感じたような気がしますが、たぶん気のせいでしょう!21世紀の「平和」の姿を、引きつづき探ってみることにします。
 
 
(つづく)
 
 
 
(Photo from Tumblr)