イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

戦争を終わらせるための闘い   ー『日本のいちばん長い日』を観て

 
 これは見なくては。1945年8月15日の無条件降伏にいたるまでに昭和天皇の周辺で繰り広げられたドラマを描く、『日本のいちばん長い日』です。9条のシリーズを書いている最中に広告が目に入ってきて以来、いずれ観ようと思っていたのですが、先週の水曜日に観てきました。夕方ちかくの新宿ピカデリーは、かなり混んでいました。映画自体は、その後になだれこんだ西口ちかくのカレー屋さん「ボンベイ」でもずっと話が盛りあがるくらいに面白いものでした!
 
 
 映画のコンセプトを一言で言い表すならば、「戦争を終わらせるための闘い」とでもなるでしょうか。1945年になった時点ですでに、日本の敗勢はもはや誰の目にも明らかなものになっていました。その後に起こった東京大空襲にくわえて、8月ともなると、広島・長崎への「新型爆弾」の投下、ソ連の参戦など、もはや戦況はなんでもありという様相を呈してきます。しかし、それでも戦争は、いつまでも終わろうとしません。
 
 
 8月15日というと、「さすがに国を中央で動かしている人びとの周辺では、もうポツダム宣言受諾しかありえないという雰囲気が漂っていたのではないか」とお思いになる方は多いと思います。僕も、なんとなくそういうイメージを抱いていたのですが、この映画は、そのイメージを二時間で見事に打ち砕いてくれます。敗戦前夜から当日にかけて、宮城事件と呼ばれる壮絶なクーデターのドラマが繰り広げられていたというのが、ことの実相でした。『日本のいちばん長い日』は、戦争を終わらせようとする者たちと終わらせまいとする者たちのあいだに巻きおこっていたと考えられる激しい闘いのプロセスを映像化することに、みごとに成功しています。(以下、本編の内容にかかわる記述が含まれていますので、ご注意ください。)
 
 
 昭和天皇とそのまわりにいた閣僚たちは、戦争を終わらせる方向に動こうとしており、ポツダム宣言受諾にむけて努力をつづけています。ところが、陸軍のなかには、「本土決戦で戦いぬくのだ」という強硬論を唱えている人たちが、最後までいました。この人たちは、「ここからは、大和民族がひとりのこらず花と散るくらいの覚悟をもって本土決戦を戦うのだ」という、ファナティックな信念に取りつかれています。
 
 
 このまま降伏するならば、それを不服に思う陸軍の勢力が反乱を起こすことは避けがたい。松坂桃李演じる畑中健二少佐をはじめとする徹底抗戦派は、「たとえ天皇陛下が降伏をお決めになったとしても、その時には正しい臣下として陛下をお止め申しあげて神州不滅の精神を貫きとおし、あの楠木正成公のように、国民全員が火の玉となる勢いで国体を守る!」と息まいています。もちろん、彼らにとっては、ポツダム宣言などは悪い冗談でしかありません。
 
 
 役所広司演じる阿南惟幾は、陸軍大臣の任に就いてはいますが、かねてから昭和天皇に親しく仕えていた人間として、「この戦争は、ここで終わらせなければならない」と考えるようになっています。しかし阿南は、陸軍の徹底抗戦派の前では、「もちろん、私たちは最期まで闘いぬくのだ」という芝居を演じます。その一方で、閣僚たちとはひそかに協力しつつ、水面下で戦争終結への道を探りつづける。阿南惟幾をはじめとする閣僚たちの奮闘ぶりが、この映画の見どころです。追いつめられる中で激しくぶつかり合う、陸軍将校たち。襲撃される首相官邸。クーデターの企てに屈せず、玉音放送の録音盤を守りぬけ! ピンチに陥いれば陥るほど、ますますヒートアップしてゆく畑中少佐。そして、すべてを覚悟した阿南がとった、最期の決断とは……!?男たちの熱い闘いから、目が離せません!
 
 
日本のいちばん長い日
 
 
 小説を原作とした映画で、映像化もこれで二度目だそうですが、歴史について学ぶというだけでも、十分に観てよかったと思える作品だと思います(ことの真相については、諸説あるようですが)。しかし、この映画の観どころはやはり、それぞれの役者たちのポテンシャルがいかんなく発揮されているところにあるといえそうです。
 
 
 すでに書いたように、役所広司は劇中で、ハムレットばりに演技を貫きとおすひとりの人間の姿を私たちに示してくれます。闘いに狂った人間のふりをしながら、心は戦争が終わったのちの平和を見据えつづけている……阿南惟幾という人については、それこそ語りはじめるときりがないのですが、ここではこの辺りにとどめておくことにします。
 
 
 松坂桃李は、大和魂にたけり狂う畑中健二少佐を熱演しています。ドラマが進めば進むほど目つきが異様な輝きを増してゆくように感じたのは、僕だけでしょうか。『赤と黒』のジュリアン・ソレルといいますか、『デスノート』の夜神月といいますか、危うい方向にむかってひた走る若者の生きざまもここに極まれりという印象です。それにしても、松坂桃李くんの顔つきはあまりにもアブなすぎます。完全に向こう側に行ってしまった人という感じです……。
 
 
 本木雅弘は、この映画の影の主人公である、あの昭和天皇を演じています。庭を散歩したり、書斎で本を取りあげたりするさいの物腰がとても高貴で、ほんものの昭和天皇も映画のなかと同じような雰囲気だったのだろうかと、想像がふくらみました。映画のなかのモックンからは、元シブがき隊というキャリアの存在は、もはやまったく感じられません。むしろ、生まれついてのエンペラーといわんばかりのおもむきです。
 
 
 そして、何よりも、老いた総理としてこの国を降伏へと向かわせようとする鈴木貫太郎を演じる山崎努の貫禄は、すさまじいものでした!さまざまな重圧をのらりくらりとかわしながら巧みに事態を切りぬけてゆく老練の男の生きざまは、山崎さん本人のかもしだすプレゼンスによって、とても大きな説得力を獲得しています。おぼつかなげに歩いたり、手を挙げて耳が聴こえないことを示したりするといった細かな動作からも、長い年月によって熟成されたカリスマがにじみ出ていました。
 
 
 役者たちの力によって堂々とドラマ化された、終戦の日。「スクリーン上で動く歴史と人間の姿が観たい!」という方には、一押しの映画であるといえそうです。
 
 
 ほかにも、内閣書記官長として難局に立ちむかう堤真一の好演や、宮内庁のメンバーたちの奇妙奇天烈ぶり、思わぬところでゲストとして出てくる松山ケンイチ(!)など、語りたいことはまだまだあるのですが、今日の記事はこのあたりにしておくことにします。最期に、東京大空襲原子爆弾の映像化については、短い時間であるだけにとても強烈なもので、観たあとにも多くのことを考えさせられました。あの数十秒間を大画面で観るためというだけでも、劇場に足を運ぶ価値はあると思います。興味があれば、ぜひご覧ください!
 
 
 
 
 
[いちおう、予告編をつけておきます。]
 
日本のいちばん長い日/Trailer

 

 

 

(Photo from Tumblr)