振り込め詐欺なる犯罪については、近年になって、いたるところでその危険が喧伝されることになりました。その一方で、ファム・ファタルによって行われる魂の搾取については、あまり取り上げられることがありません。
若い男性たちにとって、悪魔的な女性の存在について前もって知っておくことは、生存のためにも絶対に必要であるように思われます。そして、かれが詩人の気質を持つのに応じて、その危険も加速度的に高まってゆくことについてもまた、しっかりとした認識を持っておく必要がある。
そのさいに注意すべきであるのは、「悪魔的な女性は、罠に落ちてゆく当の本人にとっては、天使そのものにしか思われない」ということです。
そもそも、悪魔なるものが、わざわざ自分のことを悪魔だと名乗って現れたりするでしょうか。悪魔は、変装が何よりも得意です。彼女は、善なるもの、至高なるものの衣をまとい、尻尾を上手に隠しながら若者に近づいてくるのです。
春もうららかな新緑の季節に、彼女とうっかり風そよぐ公園のベンチに座ってしまったりしないよう、どうか気をつけていただきたい。その時期にはすべてのものがあまりにも美しいので、この世に悪なるものが存在するということなど、若者の頭からはすっかり抜け落ちてしまっているでしょうから……。
「ああ、彼女は最高だ!あれほど完璧なひとがこの世界にいるだろうか。」悲しいことですが、若者の口からこのような言葉が上ってくるようになったら、事態はもう手遅れかもしれません。
悪魔はもう、自分が満足しきるまで、かれを決して手放すことはないでしょう。それというのも、彼女は自分のことを天使として眺めてもらうのが、何よりも好きときているからです。
かれには、彼女のまわりに、何か聖なるもののアウラが漂っているように思われます。彼女と道を散歩して、カフェで何気ない会話に話を咲かせているあいだ、かれには自分がこの世にいるとは決して思われません。
信仰者としては、もはや、次のようにため息をもらすしかないのかもしれません。「若者よ、きみは今、自分が天国にいると思っているのか。おお、その反対だ。きみは今、まぎれもなく地獄への入口にいるのだ。」