イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

メンテナンスの次元

 
 話が逸れたついでにはなりますが、筆者は四日前の雨の日に、このブログのためにコンビニで料金の支払いをしてきました。
 

 このはてなブログには、「はてなブログPro」なるアップデート・ヴァージョンが存在しており、月額1000円弱を支払うとブログをそのヴァージョンに変えることができます。筆者は半年目くらいからProヴァージョンを使いつづけてきましたが、いつしか、だんだんその更新を行うのが面倒になってきていました。
 

 定期的にFamily Martに行って手続きせねばならず、しかも、定期的に現金でお金を払わねばならない。今月末にはてなから「そろそろProの期間が切れます」というメールを受け取った時には、「もうProはしばらくいいかな」と、更新をやめるつもりでいました。
 

 ところが、期限が切れたその日から、スマホの画面では文字の表示が昭和の岩波文庫並みに小さくなったうえ、謎の広告が記事のスペースをアグレッシブに圧迫するようになりました。このままではさすがにまずいと思い、慌てていつものFamily Martで支払いを済ませてきた次第です。
 

 このことを書いたのは言うまでもなく、ユーザーたちのブログを日々管理してくださっているはてなに文句を言うためではなく(今回は一括で一万円を奪われ、いえ、支払わせていただいたとはいえ、本当です)、人生におけるメンテナンスの重要性をあらためて思い知らされたためです。手間がかかり、場合によってはお金すらもかかるメンテナンスの次元を甘く見ていると、ひとは必ず思わぬしっぺ返しに遭遇せざるをえない……。
 
 
 
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 筆者はこの四日から、人生ではじめて肩こりの症状に悩まされるようになりました。体の方のメンテナンスも、そろそろ気を使っていないと痛い目を見る年齢にさしかかり始めたようです。
 
 
 のみならず、確定申告や住民税という公共性へのメンテナンスまでこの身にのしかかってくるとなると、無政府主義という思想にもあるいは一定の理があるのではないかという気にさえなってきます。このままメンテナンスが積み重なってゆくならば、いつかは年とともに「人生=メンテナンス」という悪夢の等式が実現されることになるのではなかろうか……。
 

 そういうわけで、最近ではフィッツジェラルドの「人生とはもちろん、ゆるやかな崩壊の過程である」という言葉が、脚色の余地のない純然たる事実として認識されつつあります。真面目に考えると憂鬱になりそうですが、信仰者にとっては天の国だけが唯一の救いであること(そこには、いかなる類の支払いもない)だけを慰めに、ゆるやかな崩壊の日々を切り抜けてゆくほかなさそうです。