イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

自由意志と若者論

 
 論点:
 隣人に何かを贈るというのは、その人の隣人愛のあり方が試される一経験である。
 
 
 隣人関係においては往々にして、「SWシリーズを好きなわけではない人にSWを贈ってしまう」といったようなことになりがちである。すなわち、相手が本当に望んでいるものではなく、自分が善であると思っているものを相手に押しつけてしまうといったパターンがそれだ。
 
 
 そもそも、人間にはそれぞれ自由意志なるものが備わっている(と思われる)ので、人間はすべからく、誰かから「〜しなさい」と言われるのは嫌いなものである。
 
 
 たとえば「宿題しなさい」「家に帰ってきた時にはうがいをしなさい」などといったように、絶えず誰かから命令されるのが当たり前であった幼年時代の頃には、年長者の言うことを聞くのはいたって普通のことであったかもしれぬ。しかし、年をとるごとに「俺は俺だ」「わたしだって自由なのよ」といった意識が芽生えてくると、そこからはもう、彼あるいは彼女は一つの独立した人格である。われわれはもはや、彼あるいは彼女に気軽に何かを命じることはできぬ。
 
 
 幼い男の子なんかはまだ単純なものだから、「ちょっとセブン行ってジュース買ってきて」とか頼んでも、「よし俺行くぜバヒューン」とか言って駆け出してくれて、その点では非常に扱いが楽な面もあるのではないかと思われる。しかし、うら若き青年に同じことを頼むとすれば、「あなたは何の権利があって、僕にそんなことを頼むんですか?」「これは侮辱だっ!」などと詰め寄られることも場合によっては覚悟せねばなるまい。オビ=ワンがアナキンの扱いにどれほど手を焼いていたかは、エピソード2を見ていれば一目瞭然であろう。
 
 
 
自由意志 宿題 セブン ジュース オビ=ワン アナキン ソフビパペットマスコット SW
 
 
 
 しかし、若いというのもある意味ではかわいそうといえばかわいそうで、若くない人間は、若い人を見ると一言物申したくなるという困った習性を抱え持っている。かくいう筆者も、ベテランの方々からすればまだまだ若輩者かつ駆け出しのひよっこちゃんであるとはいえ、十代・二十代前半くらいの子たちと接しているとつい「若者よ、俺は君に伝えたいことが……。」と持ちかけてしまい、大いにうざがられるといったことが往々にしてあると告白せねばなるまい。
 
 
 だが若者よ、恐らくは、それが君たちの宿命なのだ。君のもとにはまだしばらく、「君に真理を(大切なことを、人生の道を、社会の常識をetc)教えよう」と近づいてくる厄介な人々が、次々と現れるであろう。言うまでもなく僕もその厄介な人々の一人ではあるのだが、僕は君に言いたい。
 
 
 君には君の自由意志があるから、何を聞き、何を聞き流すかはすべて君次第である。だが逆を言えば、君自身の魂を気づかうことができるのは、究極のところでは君自身のほかには誰もいないのだ。どうか君が、君自身の魂という神殿の手入れと見張りを怠ることが、決してないように。僕はといえば、若者よ、僕は数日前に「SW ソフビパペットマスコット2」をボックス買い(4980円)してしまい、これ以上グッズの沼にだだはまりすることがないよう、自分自身を戒めている真っ最中なのだ。ちなみに僕は今年で早くも、35歳だ……。