イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

勝負の終わり

 
 この世においては、至福を長く味わうことは許されていません。恋の終わりは、若者にとってはあまりにも早く訪れることになります。
 
 
 その理由は、恋したことのある人ならば誰でも知っているように、恋においては、「先に恋に落ちてしまった方が負け」というルールが厳然として存在しているからにほかなりません。
 
 
 このルールは、それこそあの倫理法則ばりに絶対的なものです。ゲームそのものに熱中しているうちについ忘れてしまいがちですが、このルールを忘れたことのツケは、必ず自分で支払うことになります。
 
 
 そして、もしプレーヤーが先に恋に落ちてしまったら、もう絶対に後戻りはききません。そのプレーヤーは相手のプレーヤーに無条件で降伏したことになり、その時点でゲームは終了します。
 
 
 しかし、負けた方のプレーヤーがいつまでも自分が負けたことに気づかないままにゲームが続行してゆくというのが、このゲームの一風変わったところです。
 
 
 「まだ逆転がありうるはず……。」残念ながら、逆転はありません。もう、どうにもなりません。
 
 
 恋する若者はこうして、あの悪魔的な彼女に「僕はあなたのことが好きです」と告白することになります。さて、その結果として、いったい何が起こるのでしょうか。
 
 
 
恋 若者 ファム・ファタル 倫理法則 地獄
 
 
 
 結果は、若者にとってはまことに残酷なものにならざるをえません。すなわち、かれはあの悪魔的な彼女にとって、何ひとつ意味を持たない存在になるのです。
 
 
 悪魔的な彼女にとって、若者は、自分に魂のすべてを捧げてくれるかどうかがまだわからないかぎりにおいてのみ重要な存在でした。かれが告白をすませてしまった今、かれは彼女にとって、もはや買い物のあとのレシートほどにも興味をそそらない存在となります。
 
 
 もちろん、この結果は、かれにはどうしても受け入れがたいものです。
 
 
 「そんな。それじゃあ、今まで見せていた、あの好意のこもった態度は何だったんだ。」彼女が好きだったのは、いわば告白する前のかれでした。彼女の目的はただ単に、かれが自分に屈服してすべてを投げだすのを見ることにすぎませんでした。
 
 
 こうして勝負は決しましたが、ここから地獄がはじまります。若者よ、どうか覚悟を決めてほしい。辛いだろうが、多くの人もすでに通った道なのだ。