イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

懐疑と悪霊

まずはデカルトが歩んだ道に倣うところから、省察を開始することにしよう。 論点: 懐疑に制限をかけないとすれば、その荒れ狂う力にはほとんど限りがない。 前回にも書いたように、この省察の目的は、絶対に疑うことのできないものに到達することである。し…

デカルト的省察へ

今回の探求の主題は、次のものである。 問い: 何の前提を置くこともなしに、絶対に疑うことのできない真理なるものが何か存在するか? 前提なしにゼロから哲学を開始することはこれまで、哲学の果てることのない要求であり続けてきた。 哲学の歴史を学ぶ人…

二月の振り返り

次回からは別の主題に移ることとして、今回の記事では、二月の歩みを振り返っておくことにしたい。 二月前半の探求では、実存の本来性としての聞くことの取り戻しを可能にする根拠を求めて、信じるという契機の分析を行った。他者への信は人間にとって、一箇…

探求の暫定的な結論

そろそろ、昨年の十月末から始めた探求に一区切りをつけることにしたい。私たちははじめに、次のような問いを立てた。 問い: わたしは他者について、何を知りうるか?そして、その他者といかにして関わるべきか? 問いの前半部「わたしは他者について、何を…

哲学と芸術が行ってきたこと

論点: 公共世界における言語活動からは必然的に抜け落ちてしまう実存の次元の存在を示し続けることは、哲学の務めの一つである。 哲学も公共の言論空間において語る際には、おのれの語りを何らかの公共性を備えた一つの言論とみなしつつ語らざるをえない。…

監獄化したオイコス

論点: 公的領域と私的領域との間の関係は、今日、無視することのできない危機の時局を迎えつつあるのではないか。 人間が単に存在するのではなく「実存」する存在である以上、人間の人間性を公共性の次元に還元してしまうことはできない。公共性の次元は意…

公共性から実存へ

論点: 公共の言論空間の中では、人間が本当の意味で語るということも聞くということも、ほとんど起こりえないことなのではないだろうか。 すでにくり返し論じてきたように、公共世界における言葉のやり取りは有用性の論理を暗黙の前提にしているために、人…

「この地獄はいつ終わるのですか」「まあ、そんなこと言わないで。まだ始まったばかりなんですから」

論点: 「公衆は真理を語る」という公共世界の前提が、人間にとって致命的なものになるということもありうるのではないか。 前回論じたように、公共世界における言論のやり取りは、有用性の論理をほとんど議論の余地なく妥当するものとして前提している。従…

公共世界と反出生主義

公共の空間における言論を、いかに現在進行中の、あるいは来るべき野蛮化と蒙昧化から守ってゆくかというのは、良識あるすべての人が無視することのできない大きな問題であることは疑いえない。しかし、ここで筆者が哲学者として行いたい問題提起は、これと…

公共世界と信の構造

論点: 私たちが生きている公共世界も他のあらゆる時代の社会と同じく、それに特有な信の構造を備えている。 前回取り上げた論点を、さらに掘り下げてみることにしよう。すなわち、ここでは、現代の人間が言葉や言論のやり取りを行っている公共世界も、「他…

実存論的構造としての、他者への信について

論点: 他者が真理を語る可能性を信じることは人間にとって、生きてゆく上で不可欠な実存論的構造をなしているのではないか。 この構造ははっきりとは意識されていなくとも、実存論的なアプリオリを構成するもの、すなわち、実存するあらゆる人間の生の可能…

「もしも誰に何を聞いたとしても、何も得られないとすれば……。」

論点: 他者が真理を語るという可能性は、人間にとって、本当は命そのものにも等しい意味を持つのではないだろうか。 たとえば今、生きていることの意味がわからなくなってしまい、心を病んでいる人がいるとする。その人にとっては、自分自身が生物学的に生…

他者が真理を語るという可能性について

論点: 他者の言葉を信じるとは、言葉それ自体を超えて、語っている他者その人を信じることである。 頽落、すなわちさしあたり大抵の状態にある人間にとっては、真理を認識し、語ることができる特権的な主体とは自己自身にほかならない。人間はただ語り、自…

他者の痛み、あるいは、スコラの探求理念を実存論的に反復するという課題について

論点: 聞くという行為は、自己を超絶する他者の言葉を信じることによって可能になる。 たとえば、他者であるあなたが、認識の主体であるわたしの知らない苦しみであるAについて、こう言ったとする。 他者の言葉: 「わたしは今、Aという苦しみを感じている…

行為遂行的発言の例

もう一つ、具体例を取り上げてみることにしよう。 苦しんでいる人に対して言われる言葉: 「あなたは今は苦しんでいるけれども、耐え忍ぶならば、あなたの人生はきっと良くなるのではないかと私は思う。」 表現はこれとは違ったとしても、苦しんでいる人と話…

哲学史の例

信じることの問題圏の広がりを確かめるために、一つの問いを具体例として取り上げてみることにしよう。 問い: しっかりとした哲学を築き上げるためには、哲学史を前もって入念に学んでおくことは必要か? 答え: ①必要である。 ②必ずしも必要ではない。 い…

日常生活の一場面の例

論点: 私たちの日常生活は、他者の言葉を信じることによって成り立っている。 具体的な場面を思い描いてみることにしよう。マンションに住んでいるある男性が、朝の身じたくを済ませて、仕事に出かけようとしている。男性がドアに手をかけようとした時、彼…

信じることの問題圏へ

考察を続けよう。 論点: 聞くという行為は、語っている相手の語ることを信じるという契機によって可能になるのではないだろうか。 1月の考察においては、聞くことは語ることに対して事実的にも原理的にも先行していること、また、超絶に関わる人間の本来性…

一月の振り返り

今回は内容の区切り上、少し早めにはなるが、一月の振り返りをしておくことにしたい。次回からは、また目下の問題の解明に戻る予定である。 一月は言語活動の本質を求めて、超脱のエレメントとしての言語という言語観にたどり着きつつ、「語ることに対する聞…

聞くことの取り戻しとしての、実存の本来性

論点: 超絶へと向かう人間の実存の本来性は、聞くことの取り戻しとして遂行されるのではないか。 頽落の状態、すなわち、平均的な日常性のうちにある人間は、他者の言葉に耳を傾けることを怠っている。それというのも、他者の言葉を受け入れるとは教えを受…

思考と超絶

論点: 思考することは、わたしを超絶する他者からの働きかけによって可能になるのではないか。 頽落の状態、すなわち、さしあたり大抵の状態のうちにある人間は、他者からの言葉にほとんど耳を傾けることなく、ただ延々と自分の方から語り続けるのみである…

事実的な過去と、思考の生起について

論点: 語ることに対する聞くことの先行性は、事実的な過去とでも呼ぶべき時間性の構造と共に理解する必要がある。 認識の主体であるわたしの語る言葉の一つ一つ、その意味と音の響きの一つ一つが、わたしがこれまでに耳を傾け続けてきた他者たちの無数の言…

伝統的人間観の再検討という課題

論点: 事実的なものの領域を哲学的思考によって捉えるためには、思惟の繊細さが求められる。 聞くことは、語ることに対して事実的にも原理的にも先立っている。哲学がこれまでこの事柄に注意して目を向けることがほとんどなかったことの背景には、まず間違…

超越論哲学を問いなおす

論点: 哲学の営みはこれまで、事実的なものの領域をそれとして思考することを取り逃がし続けてきたのではないだろうか。 「聞くことは、事実的にも原理的にも語ることに先立っている。」このような主張を哲学の内部において検討することが難しい理由は、一…

「私たちが、言葉をまだ知らなかったとき……。」

論点: 語ることには、聞くことが事実的にもにも原理的にも先立っているのではないだろうか。 私たちはほとんどの場合、自分自身で生み出すよりも、他者から聞くことで新しい言葉を学ぶ。その新しい語は、学んでしまった後にはわたしにとって透明な、理解す…

超絶と隠れ

論点: 他者の言葉の不可解性を閑却するならば、他者は、認識の主体であるわたしの元から引き退いてゆくであろう。 これは、哲学においても実人生においても非常に重要な論点なのではないかと思う。そして、この論点はまた、存在の超絶という理念に関して無…

頽落としての不可解性の閑却

論点: 他者の言葉が帯びている謎としての性格は通常の場合、忘れ去られ、閑却されている。 他者の言葉の理解しがたさを、不可解性と呼ぶことにしよう。他者の存在が認識の主体であるわたしを超絶している限り、不可解性は原理的に言って、あらゆる他者のた…

謎としての言葉、「相手の真意」

論点: 適切な注意を向ける際には、他者の言葉は透明さには属することのない謎として立ち現れてくる。 物事を事象そのものに即して丁寧に考えることは、哲学においては欠かすことのできない作業である。語ることと聞くこと、自己の言葉と他者の言葉の違いに…

超脱における知の照らし、あるいは、聞くことと語ることの間の非対称性について

論点: 他者の言葉を聞くことは、孤絶しているはずの自己が他者の知によって照らされる経験であると言えるのではないか。 「自己のうちにとどまり続けながら自己の外へと出てゆくこと」としての超脱の契機について、もう少し考えてみることにしよう。 ①超脱…

超脱のエレメントとしての言語

論点: 他者であるあなたがあなた自身について語るという経験のうちで、超脱のエレメントとしての言語の本性が示される。 他者であるあなたの「わたしはある」は、わたしには直接には決して知りえない(他者の超絶)。あなたが言葉を語るとは、到達しえない…