イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

2019-09-01から1ヶ月間の記事一覧

対話が密かに打ち切られるとき

論点の再提示: 対話の相手から耳を傾けてもらえない時、ひとは静かにその相手から離れてゆく。 相手に話を聞いてもらえないと感じた時、それでも対話を続けてゆこうと努め続けるのは、多大な労力を要します。 その上、仮に対話を続けようと欲したとしても、…

Qさんの、忘れがたい思い出

前回までに問題としてきた論点を、これまでとは別な角度から論じてみることにします。 論点: 対話の相手から耳を傾けてもらえない時、ひとは静かにその相手から離れてゆく。 A君の姉である大学生のQさんが同級生のR君から避けられるようになってしまったの…

誰にでもできそうで、誰にもできないこと

論点: 認識論的な意味で誠実になるならば、わたしは自分を取り巻く隣人たちについて、偏見を持っていないと断言するわけにはゆかないであろう。 わたしたちは原理的に言って、他者たちの考えていること、感じていることをそのままの形で知ることはできませ…

文学の役割

論点: 他者の未知性は、認識と実践の主体であるわたしが絶えず思い起こそうと努め続けなければ、避けがたく忘却されてゆく。 たとえば、わたしがある人物Mについて、「この人はNである」という判断を下すとします。 この判断それ自体は、Mという人物の特徴…

他者の未知性

「ごめん、少しだけ考える時間をもらってもいい?」 告白に対して船越さんから上のように答えられたことによって、A君は、期間無制限の「待ち」の状態に入ることになりました。 論点: 私たちの人生は、予測不可能な他者の反応に絶えず気を配りながら歩んで…

青年よ、地獄へようこそ

「船越さん、僕は君のことが、す、す、す、好きだ。」 高校生のA君はついに、世界史好きメガネっ子の船越さんに告白してしまいました。いささか大げさな物言いにはなりますが、この瞬間にA君の人生は、それまでとは違うフェーズに入り込んでゆくことになりま…

デンマーク王子の逡巡

ハムレット的状況の内実: ①わたしは、わたしの運命に決定的な影響をもたらすであろうところの、ある行為の実行に向かって踏み切らなければならない。 ②しかし、その行為の実行はわたしに、死にも等しい結果をもたらしかねない。 やるしかないことは分かって…

おお、ハムレット

問題提起: 告白という行為から、失敗の可能性を完全に除き去ることはできないのではあるまいか。 告白する前に「相手も自分のことを好きなはずである」と考えるとしても、それが自分の側の思い込みである可能性は否定できません。 数は少ない(?)とはいえ…

告白という行為の裏面

A君と船越さんの方に戻ることにしましょう。 告白の言葉: 「わたしは、あなたのことが好きです。」 誰でも知っていることではありますが、この告白の言葉のうちには、ある恐ろしい力動性がはらまれています。というのも、この言葉は、単に「わたしはあなた…

共有と専有。あるいは、SNSは恋愛の敵であるか?

推しの生成ロジック: ①ファンたちは各人が推しの専有を放棄することによって、欲望の実現をある部分において断念する。 ②しかし、そのことによって推しはファンたちの間で共有される「ネットワーク存在」と化し、ファンたちの間で縦横無尽に流通する。 ファ…

推しと呼ばれる存在をめぐる、若干の考察

本題からは若干逸れますが、ここで少し次の論点について考えておくことにします。 論点: 恋の体験は、推しを追いかけるよりも、はるかに不確定要素が多い。 繰り返しになってしまいますが、「推し」(前回の記事に引き続いて、この主題を論ずる)の場合には…

「知ろうと努めていれば、こんな事には……。」

世界史のノートを借りたことがきっかけで、A君が熱烈に恋の炎を燃やしつつあるメガネっ子の船越さん(前回までの記事参照)は、すでに齢十六にして大量殺人の罪を犯し続けている恋愛サイコパスでした。 歴史部の男性たちの中で彼女の凶行の犠牲となった人間…

歯車は回り始めてしまった

論点: 恋愛の体験は、他者を理解するという行為へと人を向かわせる最も大きなきっかけの一つである。が、しかし……。 人間は大抵の場合には、身の回りの他者たちがどのような人間であるのかについて、実はそれほど大きな関心を抱いてはいないのではないだろ…

世界史好きの船越さん

テスト前の頼み事: 「悪いのだが、俺に世界史のノートを貸してはもらえまいか?」 「タピっちゃう?」(前回の記事参照)は親密な人間に向かってしか言えない性質の呼びかけでしたが、こちらの頼み事の方は、言える人の範囲がもう少し広がってきそうです。…

「タピっちゃう?」

論点: コミュニケーションにおいて働いている力関係の内実には、常に注意を払う必要があるのではないか。 たとえば、前回の記事に引き続いて学校のケースについて言うならば、教師が生徒に対して与えることのできる指示の内容には、ある一定の制限がありま…