イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

2015-08-01から1ヶ月間の記事一覧

善悪の彼岸から呼びかける音楽   ートム・ヨーク「The Eraser」について

道徳法則の及ばないところで、むき出しの人間関係を生きる。私たちの時代は、このことの意味がかつてないほど深刻に問われるようになっている時代だと思います。 こうした状況に、むき出しの暴力と性をテーマにしたエンターテインメントが巷にあふれるように…

ポップ・ソングの神学的次元   ーsalyu×salyu『ただのともだち』から、愛の体験について考える

人間のうちでいったん死の欲動がアクティブ・モードに入ると、道徳法則は停止してしまいます。そうだとするならば、この欲動との深いつながりのうちにある芸術は、必然的に倫理に反してしまうことになるのでしょうか。確かに、そうしたモメントを扱っている…

生きることと死ぬことを超えて、芸術家は思考する   ー岡本太郎『明日の神話』をめぐって

これまで見てきた作品のうちでは、死の欲動とでも呼ぶしかないようなものの存在が人間のうちで働いていることが示されていたように思います。死の欲動、あるいはタナトスは、私たちのふだんの生活のなかではその存在さえもが慎重に隠されていますが、映画や…

ハンバートが自分でも気づかないうちに、語ってしまっていること   ー『ロリータ』における傷の問題

当然の報いというべきでしょうか、ハンバート・ハンバートとロリータの関係は、物語が進んでゆくにつれて次第に破綻を迎えてゆきます。この破綻は、ハンバートの魂にとり返しのつかない傷を与えることになり、最終的に、彼は殺人に手を染めるまでに至るので…

少女たちをたたえて   ーハンバート・ハンバートのニンフェット理論

「私の芸術は、ひょっとすると、洗練されたかたちでの性的な欲望の追求にすぎないのではないか。」たとえそうした疑いがきざしてくることがあったとしても、芸術家はふつう、自らが創りあげた作品の美によって、その疑いを上品に覆い隠してしまおうとします…

「ロリータ、わが腰の炎」   ーウラジーミル・ナボコフの小説世界へ

ところで、芸術と倫理のあいだの相克というこの問題については、暴力についで性の領域についても見ておく必要があることは、いうまでもありません。この領域においては、芸術はたえずスキャンダルを巻きおこしては、倫理の顰蹙を買いつづけてきました。 今回…

燃えゆくものはみな美しい   ー『宇治拾遺物語』と仏師良秀

芸術と倫理は、危うい均衡のうえでバランスを取りつつ、少なくとも表面のうえではつねに和平を保っています。このことの証拠としては、作品の終わりには正義がかならず取りもどされるという事実を指摘することができるでしょう。ホメロスの『オデュッセイア…

死の欲動と芸術の真理

先週の記事ではいくつかのアート作品について論じてみましたが、それらの作品はみな、多かれ少なかれ、死や暴力を取りあつかっているものでした。今日はこの点について、もう少し踏みこんで考えてみることにしたいと思います。 芸術家が美を追いもとめるとき…

テレビジョン、アイロニー、アンダーグラウンド   ー「笑ってる場合ですよ」Y-クルーズ・エンヤ feat. 呂布カルマ

今日の記事で紹介させていただく曲については、ご存知でない方のほうが多いかもしれません。インディーズで活躍するY-クルーズ・エンヤというアーティストのソロ・アルバム、『しらくべくリゾート』から、「笑ってる場合ですよ」を紹介してみたいと思います。…

アメリカへの逆襲   ーZEEBRAさんと「Neva Enuff」の世界

今日は、北野武監督つながりということで、映画『BROTHER』にインスパイアされて作られた、ZEEBRA featuring AKTION「Neva Enuff」という曲について論じてみたいと思います。 日本のヤクザのアメリカでの活躍を描いた『BROTHER』(2001年公開)は、北野武監…

罵詈雑言のシンフォニー   ー『アウトレイジ』の美学をさぐる

「全員悪人。」先月、この映画を近所のゲオで借りてきて観て以来、ずっとどこかで書こうと思っていたのですが、これまでタイミングが見つかりませんでした。北野武監督のスマッシュ・ヒット作、『アウトレイジ』を紹介させていただきます。僕は、普段はバイ…

戦争を終わらせるための闘い   ー『日本のいちばん長い日』を観て

これは見なくては。1945年8月15日の無条件降伏にいたるまでに昭和天皇の周辺で繰り広げられたドラマを描く、『日本のいちばん長い日』です。9条のシリーズを書いている最中に広告が目に入ってきて以来、いずれ観ようと思っていたのですが、先週の水曜日に観…

ただひたすらに恐竜   ー『ジュラシック・ワールド』を観る

ここ一ヶ月のあいだはずっと政治と憲法の世界に浸かりきっていたので、次は別の領域を漂ってみたいと思います。最近はさまざまなトピックについて考えすぎたので、哲学を学んでいる者としてはこういうことを言ってはいけない気もしますが、ここ数日は、あま…

9条についての考察のおわりに

70年前の今日、私たちの国は、長くつづいていた戦争を終えました。この戦争は、満州事変が起こったときからの年数を数えて、15年戦争と呼ばれることもあります。けれども、そもそもこの戦争が起こった原因をさかのぼってみるならば、問題にしなければならな…

日常が消えてゆく

②心のなかで、戦争を完全に放棄する 地球軍の創設というプランは、今のところはまだ現実味がないことを認めざるをえませんが、いずれこの世界において実現しうる可能性であると僕は考えています。数多くの挫折と失敗や、果てしない思考の鍛錬、厳しい現実と…

地球軍の創設   ーグローバル安全保障システムの究極のかたち

戦力を放棄することをうたう日本国憲法第9条は、未来の世界の秩序のあり方を先がけて示しているのではないか。そのように言ってみるさいには、主に二つの可能性があるように思います。率直に言って、これらの道は、両方とも実現するまでにははるかに遠い道…

戦争はいずれ地上から消えてなくなる?   ー未来の人間と平和的生存権

憲法学のなかでは、日本国憲法第9条は人間がもつ新しい権利にかかわっているという議論がなされることがあります。そこでは、次のような主張がしばしばなされます。「平和的生存権と呼ばれるこの権利は、20世紀前半にその萌芽が芽生え、9条によってついに…

ムスカではなくナウシカに   ー9条が私たちに求めていること

気がつくと、9条について論じはじめてから、もう三週間以上もたってしまいました。最初から読んでくださっている方にはとても大きな負担をおかけすることになってしまい、申し訳ありません。終戦の日までには完結しますので、もしよろしければ、あともう少…

この小さな国の平和を守りつづけるために   ー9条についての、とりあえずの結論

前回の記事では、「軍事路線の大国から独自路線の小国へ」というフレーズを立てました。僕は、「大国ではなく小国路線へ」という標語については、9条についてどう考えるにせよ、この国で生きる人たちから少なくない共感を得られるのではないかと思っていま…

軍事路線の大国ではなく、独自路線の小国へ   ーこの国の未来を考える

最初に、9条を弁護してゆくうえで、象徴的な人物をひとり取りあげてみることにします。吉田茂は、戦後のこの国の形を作りあげていったという意味において、私たちにとってきわめて大きな存在でした。9条にたいする吉田の態度は、大枠からいえば、どうやら…

避けるべき未来について   ー9条を弁護する

9条の弁護は、Bグループの人たち、すなわち、「平和を愛していて理性を優先する人たち」に対して行われるというのが、前回の記事でたどりついた地点でした。今回の記事では、さらにこの弁護をつづけてみたいと思います。これまでに書いてきたこととも少し重…

Aグループ?Bグループ?それとも……?   ー9条の弁護を開始する

「私たち日本国民は、いっさいの戦力を放棄する。」今回のシリーズもここに至って、ようやく9条の側に立って語るときがやってきました。色々な変遷を経て、僕は、「この国はこれからも9条を守っていったほうがよいのではないか」という考えを持つようにな…

もし大阪が消滅するならば、アメリカは?   ー東アジア情勢の、むき出しのリアル

引きつづき、例の本におけるアーミテージ氏とナイ氏の言葉をたどってみることにしましょう。ちなみに、この二人とも日本国憲法第9条については、2010年の時点においても「改正するのではなく、解釈を変更することによって集団的自衛権の行使を可能にするの…

ナイ氏が提示する三つの選択肢と、アーミテージ氏が語る核兵器の使用

アーミテージ・レポートについて一通りのことを確認したので、今回からの記事では、このレポート作成にかかわったリチャード・アーミテージ氏とジョセフ・ナイ氏による、2010年当時の発言を取りあげてみることにしましょう。興味のおありになる方は、『日米…

アーミテージ・レポートから核戦略へ (付・憲法第9条とニュータイプ)

核兵器の使用について徹底的な研究を行ったハーマン・カーン博士は、『考えられないことを考える』の最終部において、次のように言っています。「われわれは、現在持っている”道具”と能力を、精いっぱい活用しなければならない。」 引用のなかの”道具”とは何…

ハーマン・カーンの悪夢の世界

『博士の異常な愛情』という映画をごぞんじでしょうか。1964年に公開されたこの映画は、鬼才・スタンリー・キューブリック監督の代表作であるとの呼び声も高い作品です。まだ観たことがないという方がいらっしゃいましたら、もしよろしければ、予告編のほう…