イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

2015-09-01から1ヶ月間の記事一覧

自由のスピリット!   ー洋学紳士君、大いに語る

南海先生、洋学紳士君、豪傑君の三人によって、ざっくばらんな政治談義が交わされる『三酔人経綸問答』ですが、一番手として演説を繰りひろげるのは、理性の申し子とでもいうべき洋学紳士君です。今回の記事では、彼のいうところに耳を傾けてみることにしま…

東洋のルソーからデモクラシーを学ぶ   ー『三酔人経綸問答』の世界へ

この国におけるデモクラシーについて考えるためには、ヨーロッパの思想家たちに目を向けるだけではなく、この国の先人たちから多くを学ぶことも必要です。これから、中江兆民の代表作、『三酔人経綸問答』の世界へ入ってゆきたいと思います。この本について…

安保法案から中江兆民へ   ーデモクラシーについて、はじめから考えてみる

安保法案をめぐる国会での騒動から、一週間以上がたちました。今回の件については、すでにさまざまなことが言われていますが、このブログでも少し考えてみることにしたいと思います。 すこし残念なことに、集団的自衛権をめぐるこの問題については、この国の…

魂を浄化する旅   ーダンテ『神曲』への誘い

読書の秋のとりあえずの締めくくりとして、ヨーロッパ文学の古典中の古典を紹介したいと思います。文学が好きな人であるならば、人生のどこかの時点で紐解くことになるであろう、ダンテの『神曲』です。 ダンテ・アリギエーリ。13世紀のイタリアを代表する…

無意味のパラダイス   ードストエフスキー『鰐』について

文学の世界を散歩していて最も楽しい瞬間のひとつは、「え、こんなものが歴史に残ってしまったのか?」といわざるをえないような、珍妙そのものの作品に出会ってしまうときです。前回の記事では、読む人に考えさせる本を紹介したので、今回の記事では、文字…

書評:國分功一郎『近代政治哲学 ー自然・主権・行政』について

読書の秋なので、最近読んだ本のことを取りあげてみることにします。今年の4月に出た、國分功一郎さんの『近代政治哲学 ー自然・主権・行政』(ちくま新書)は、とても勉強になりました。著者の國分功一郎さんは、今この国のなかで最も注目されている哲学者…

不朽の名曲、『LOVEマシーン』   ー連休のおわりに

今日で連休も終わりです。ここまで来たら、最後の日もつんく♂さんに捧げることにします。締めくくりとしては、これしかないでしょう。一定以上の年齢の方なら誰でも覚えているであろうモーニング娘。のあの名曲、『LOVEマシーン』です! つんく♂さんがモー…

愛の革命的メッセージ   ー『恋愛レボリューション21』について考える

休日の意味について論じるために、本来はUnderworld『two months off』について論じようと思っていましたが、『Yeah!めっちゃホリディ』のテンションと連休の雰囲気につられて、今日もつんく♂さんの曲について書いてみることにしました。さて、つんく♂さん…

『Yeah!めっちゃホリディ』!   ー連休の真ん中でちょっと一息

言論の未来についていちおうのところを論じ終わり、気がつくと連休の真ん中です。今回の安保法案の件については、多くのことを考えさせられました。少し時間を置いたのちに、いずれまた別のシリーズで考えてみたいと思います。 さて、ここ数日は夏の暑さが最…

たまには、自分だけの場所を踏みこえたところで   ー言論の未来についての考察のおわりに

ゆっくりと進んでいる変化であるために、しばしば見落としてしまいがちですが、この国のマルチチュードはこの数十年のあいだに、とても大きな変化を遂げつつあります。確かに、これからのちの日本は、多くの問題に向きあってゆかなければならないことでしょ…

マルチチュードの共生モード   ー私生活が、パブリックなものに接続する瞬間

私たち一人一人のことをマルチチュードと呼んでみることにすると、私たち自身のうちに宿っている多様性の側面がきわだってきます。時代が進むにつれて増大しつづけているこの多様性を、パブリックな言論の力にうまく変えてゆくプランを描くことができるなら…

言論のマルチチュードへ!   ーこれからのデモクラシーを考えるために

私たちは、言論の世界の未来を探しもとめて、ブログ文化、ジャーナリズムの世界における変化、そして、ゲンロンカフェの試みについて見てきました。これらのケースすべては、ある共通した方向を指し示しているように思われます。今回のシリーズをまとめるに…

私たちの時代のアゴラ   ー1月17日のゲンロンカフェで起こっていたこと

1月17日にゲンロンカフェで行われたイベント『現代思想の使命』の内容について、ここで多くを語るのは控えておくことにします。その頃、世を騒がせていたシャルリ・エブド事件についてのコメントにはじまって、ニヒルな社会派作家であるミシェル・ウェルベッ…

ニュー・アカデミズムからゲンロンカフェへ   ーこの国の言論の歴史をたどる

前回の記事では、東浩紀さんが経営するゲンロンカフェについて、その概要を紹介しました。経営者である東浩紀さんは、集英社発刊の文芸誌『すばる』2015年2月号において、ゲンロンカフェの試みについて、次のように発言しています。 「人文知に魅力を感じる…

ゲンロンカフェと思想の現場

私たちは「サペーレ・アウデ!」のリフレインを追うようにして、ブログ文化、ジャーナリズムの世界と見てきましたが、今日の記事では、現在の思想界で活躍している東浩紀さんの活動について論じてみたいと思います。 東浩紀さんをご存知でしょうか?東さんは…

ソクラテス的なライフスタイルへ   ーNewsPicksから見えてくる心性の変化

NewsPicksについて、言論の未来を考えるうえで重要だと思える特質をもう一つここで挙げるとするならば、このアプリを利用することで、ユーザーが対話や議論にたいして自然と開かれるようになってゆくという点です。 ある記事にたいして、自分でコメントをつ…

NewsPicksから見えてくる、ジャーナリズムの近未来

前回の記事ではブログ文化について論じてみましたが、次はジャーナリズムの世界に目を移してみることにしましょう。私たちはこの領域においても、「サペーレ・アウデ!」の声が響きわたっているのを聞くことになります。 突然ですが、これまでにニュースアプ…

「人間性にたいする犯罪」?   ー啓蒙とブログ文化のつながりを考える

自らの理性を用いて考えること、そして、自分が考えたことをすべての人びとに向けて発表すること。イマヌエル・カントが『啓蒙とは何か』において「理性の公的な使用」と呼んだ行為は、インターネットの出現によって、今や誰にでも実行可能なものになりまし…

サペーレ・アウデ!   ーカント『啓蒙とは何か』からのスタート

言論の世界についてこれから考えてゆくうえで、まずは進んでゆくべき方向をしっかりと見据えておくことにしましょう。今日の記事では、ドイツの哲学者であるイマヌエル・カントが1784年に発表した、『啓蒙とは何か』から出発して論じてみたいと思います。200…

2015年9月、いま、言論の状況は?

気がつくと、9月ももう7日です。集団的自衛権の行使をめぐる案件が、いよいよ大詰めに入ろうとしています。インターネット上でもさまざまな意見が交わされていますが、このブログにおいても、これから数回をかけて、今のこの国の状況について考えてみるこ…

メトニミーとストロベリーな新生活   ーメンソレータムカンナちゃんの分析のおわりに

この動画に三日間もお世話になるとは、思いませんでした。残りの部分の分析については、簡潔に済ませることにしましょう。やはり個人的には、0:17に見られるような、お茶目な媚びの要素がこのCMにおける環奈ちゃんの魅力の核となっているように感じられます…

唇がゼロ記号になる瞬間   ーCMが織りなす意味作用の宇宙

橋本環奈ちゃんが繰りひろげるメンソレータムカンナちゃんの世界を、引きつづき探ってみたいと思います。この短い30秒のなかに、ひとつの意味の宇宙があります。橋本環奈ちゃんのこの動画について論じるにあたっては、記号学的分析について学ぶという、また…

CMから学ぶ記号学   ー橋本環奈ちゃんとリップクリーム

芸術と倫理についての探求がひと段落したので、今日は気楽な話題でひと休みすることにします。 「千年に一人の逸材」といわれて芸能界に登場した橋本環奈ちゃんですが、僕はこれまで、冷静に事態を静観しつづけてきたつもりでした。はたして、そんなに簡単に…

「いつでも、どこでも、誰でも、愛してる」 ー死の欲動についての考察のおわりに

芸術と倫理についての探求の終わりに、以前の記事において取りあげた言葉について、もう一度考えてみることにしましょう。 「いつでも、どこでも、誰でも、愛してる。」やくしまるえつこさんのこの言葉は、私たちの想像をはるかに超えて、この時代の問いの中…

ディスコミュ二ケーションを突きぬけて ー向井秀徳「KIMOCHI」から考える

これまでの二つの曲の分析から見えてきたのは、私たちの時代においては、人と人とのあいだの関係が、かつてないほどに遠いものと感じとられるようになってきているということです。 あなたは、私にとっては原理的にいってすべてを知ることのできない存在です…