イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

2016-09-01から1ヶ月間の記事一覧

完璧なあなた

失恋のさなかにある若者が、それこそ身を切り裂かんともいわんばかりの苦しみに悩まされつづけるのは、かれに「完璧なあなた」のイメージがいつまでもつきまとわずにはいないからです。 悪魔的な彼女自身は、あくまでも人間にすぎません。ルー・アンドレアス…

現実否認はつづく

悪魔的な彼女にとっては、告白する前の若者はよい獲物でしたが、告白した後にはたんなる食べかすくらいの存在にすぎません。 人道上、まことに許しがたいことですが、かれとしては、もうこの事実を認めてしまったほうがずっと楽になれることは間違いありませ…

勝負の終わり

この世においては、至福を長く味わうことは許されていません。恋の終わりは、若者にとってはあまりにも早く訪れることになります。 その理由は、恋したことのある人ならば誰でも知っているように、恋においては、「先に恋に落ちてしまった方が負け」というル…

内部性の恋

恋の話に戻りましょう。愛しい彼女にすべてを捧げた若者には、ほんの少しのあいだだけ、天国にもひとしい至福の時間を過ごすことが許されます。 この時期のことは後からふり返ると、まさしく夢のようにしか思われません。それというのも、恋とは、1%の至福…

失敗する運命だったのかもしれない

「ファム・ファタルではなく、賢者に憧れればよかったのに。」しかし、考えてみるならば、青春に向かって大手を切って進んで行く若者にこのことを期待するのは、いささか無理があるというものかもしれません。 どうも、私たちの人生は、自分で失敗してみなけ…

賢者に恋をすればよかったのに

もしも、若者がソクラテスのような人に恋をするならば、かれにはまだ救いの可能性が残されています。ソクラテスのような賢人は、若者を真理の探求へと駆り立てずにはおかないからです。 賢者は、かれに次のように言うことでしょう。「君は、わたしのうちに君…

悪夢よ、パロディーよ

若者がひとたび愛しい彼女にぞっこんになってしまうならば、もう、ほかの誰の言葉もかれの耳には響きません。 それというのも、かれの無意識の心は、彼女への偶像崇拝の熱情によって支配されているからです。黒い髪の悪魔は、すでにかれの主権を完全に掌握し…

「どう見ても、天使にしか見えない」

振り込め詐欺なる犯罪については、近年になって、いたるところでその危険が喧伝されることになりました。その一方で、ファム・ファタルによって行われる魂の搾取については、あまり取り上げられることがありません。 若い男性たちにとって、悪魔的な女性の存…

ファム・ファタルを警戒しよう

それにしても、偶像とか悪魔という言葉を不用意に用いてしまうと、当の女性たちにたいしてあまりに礼を失することになるのではないかという恐れがあります。 したがって、ここからはさらに対象を限定してゆくことにしましょう。すなわち、「今回の探求では、…

まずもって、祈りが必要である

近代という時代は「愛しい彼女」という偶像を崇拝するにいたってしまいましたが、この時代が決定的に終わりを迎えたことがいよいよ明らかになりつつある今、もしかすると、偶像のたそがれもそう遠くないのかもしれません。 しかしながら、およそ偶像崇拝なる…

モダンの偶像

恋する若者にとっては、ただ愛するあの人だけが、すべてのものごとをの鍵を握っているように感じられます。 かれの中で起こる世界消失のプロセスを、鬼気迫る臨場感とともに描いた作品としては、やはり、ゲーテの不朽の名作『若きウェルテルの悩み』を忘れる…

恋の体験

まず最初に、今回の探求の方針について、一点だけ確認しておくことにします。それは、「今回の探求では、うまくいった恋については取り扱わない」というものです。 わたしと彼女とが恋に落ちて、長い時間をかけて二人の関係を築いてゆくとします。わたしと彼…

「ここには、泥沼がある」 ー恋愛の問題圏へ

四月からこれまで、死、形而上学、倫理と、私たちは探求を行ってきました。引きつづき神の問いを追いもとめてゆくことにしますが、今回は少しトリッキーな角度から問題にアプローチしてみたいと思います。それは一言でいうと、恋愛の体験を考えることによっ…

倫理についての考察のおわりに

前回までで、私たちは倫理についての考察を終えました。全部で2カ月以上かかってしまいましたが、読んでくださった方は本当にありがとうございました。 気がつけば九月になり、助手のピノコくんもフランスに旅立ってしまいました。僕自身もこの八月で大学を…

義なる神

内在的超越と絶対的超越という区別は、倫理の領域のみならず、超越の次元に足を踏み入れる哲学にとっては、あらゆる分野において重要なものであるように思われます。 こうして、私たちは神による掟というイデーについて、一通りの検討を加えました。倫理法則…