思想と社会
カフェでの会話のなかでいちばん印象に残ったのは、Nさんの次のような言葉でした。 「とてもきついけれども、今の仕事にはとても大きいやりがいを感じています。耐震関係の仕事は、ずっと自分でやってみたいと思っていたものだったから。これから資格も取っ…
私たちは前回、日本のホワイト化を進めてゆくために、言論が進んでゆきうる二つの方向性を検討してみました。グローバリゼーション、正規雇用と非正規雇用、働くことについての世代間の認識の違いなど、日本人が働く環境については、考えなければならないフ…
「もっとゆったりと仕事をしたい!」自由な言論の活動によって、日本のホワイト化は進んでゆくはずです。それでは、具体的に言って、このプロセスをどのように進めてゆけるのでしょうか?今回の記事では、二つの方向性を考えてみることにします。 ① 「私たち…
前回の記事で見たように、私たち日本人が働きすぎてしまう最も大きな理由の一つは、「とにかく、死にものぐるいで働かなければならない!」という空気がこの国のいたるところに存在しているからであるように思います。空気というものはなかなか数量的なデー…
虎の門ヒルズの中にあるカフェで、まりおさんとNさんと僕の三人は、数時間をかけて日本人の働く環境について話し合いました。議論の取っかかりとなる出発点については、三人とも、ほとんど異論なしに合意しました。それは、「私たち日本人は、働きすぎている…
インターネット上で知り合った方と実際にはじめて会うというのは、とてもドキドキする体験です。10月のある土曜日の午後、僕は都心のまんなか、虎ノ門ヒルズの入口で、ある人と待ち合わせをしていました。 こちらが電話をかけてからほどなく、一人の男性が…
私たちはすでに、中江兆民の代表作である『三酔人経綸問答』の展開をおわりまで追ってみました。シリーズの締めくくりとなる今回の記事では、このたびの探求の主題だったデモクラシーなるものについて、とりあえずの結論を出してみることにしましょう。 『三…
『三酔人経綸問答』の展開も、いよいよ終わりの部分にさしかかりました。洋学紳士君と豪傑君の演説についてはすでに見たので、今回の記事では、街なかに住む賢者である南海先生の言葉に耳を傾けてみることにしましょう。 まず、南海先生は、二人の演説の内容…
『三酔人経綸問答』において、人類の理想を語る洋学紳士君に引きつづいて演説の二番手を務めるのは、豪傑君です。彼のロジックは、洋学紳士君に勝るとも劣らない極論に到達することになります……。これから、彼の言うところに耳を傾けてみましょう。 まず、豪…
洋学紳士君にしたがって理性的に考えてみるなら、すべての人間は平等であり、生まれながらにして自由に生きる権利を与えられているといえます。彼は、人類の歴史はこの真理を社会制度のうえで実現する方向に向かってゆくはずだと主張します。ここでは詳しく…
南海先生、洋学紳士君、豪傑君の三人によって、ざっくばらんな政治談義が交わされる『三酔人経綸問答』ですが、一番手として演説を繰りひろげるのは、理性の申し子とでもいうべき洋学紳士君です。今回の記事では、彼のいうところに耳を傾けてみることにしま…
この国におけるデモクラシーについて考えるためには、ヨーロッパの思想家たちに目を向けるだけではなく、この国の先人たちから多くを学ぶことも必要です。これから、中江兆民の代表作、『三酔人経綸問答』の世界へ入ってゆきたいと思います。この本について…
安保法案をめぐる国会での騒動から、一週間以上がたちました。今回の件については、すでにさまざまなことが言われていますが、このブログでも少し考えてみることにしたいと思います。 すこし残念なことに、集団的自衛権をめぐるこの問題については、この国の…
ゆっくりと進んでいる変化であるために、しばしば見落としてしまいがちですが、この国のマルチチュードはこの数十年のあいだに、とても大きな変化を遂げつつあります。確かに、これからのちの日本は、多くの問題に向きあってゆかなければならないことでしょ…
私たち一人一人のことをマルチチュードと呼んでみることにすると、私たち自身のうちに宿っている多様性の側面がきわだってきます。時代が進むにつれて増大しつづけているこの多様性を、パブリックな言論の力にうまく変えてゆくプランを描くことができるなら…
私たちは、言論の世界の未来を探しもとめて、ブログ文化、ジャーナリズムの世界における変化、そして、ゲンロンカフェの試みについて見てきました。これらのケースすべては、ある共通した方向を指し示しているように思われます。今回のシリーズをまとめるに…
1月17日にゲンロンカフェで行われたイベント『現代思想の使命』の内容について、ここで多くを語るのは控えておくことにします。その頃、世を騒がせていたシャルリ・エブド事件についてのコメントにはじまって、ニヒルな社会派作家であるミシェル・ウェルベッ…
前回の記事では、東浩紀さんが経営するゲンロンカフェについて、その概要を紹介しました。経営者である東浩紀さんは、集英社発刊の文芸誌『すばる』2015年2月号において、ゲンロンカフェの試みについて、次のように発言しています。 「人文知に魅力を感じる…
私たちは「サペーレ・アウデ!」のリフレインを追うようにして、ブログ文化、ジャーナリズムの世界と見てきましたが、今日の記事では、現在の思想界で活躍している東浩紀さんの活動について論じてみたいと思います。 東浩紀さんをご存知でしょうか?東さんは…
NewsPicksについて、言論の未来を考えるうえで重要だと思える特質をもう一つここで挙げるとするならば、このアプリを利用することで、ユーザーが対話や議論にたいして自然と開かれるようになってゆくという点です。 ある記事にたいして、自分でコメントをつ…
前回の記事ではブログ文化について論じてみましたが、次はジャーナリズムの世界に目を移してみることにしましょう。私たちはこの領域においても、「サペーレ・アウデ!」の声が響きわたっているのを聞くことになります。 突然ですが、これまでにニュースアプ…
自らの理性を用いて考えること、そして、自分が考えたことをすべての人びとに向けて発表すること。イマヌエル・カントが『啓蒙とは何か』において「理性の公的な使用」と呼んだ行為は、インターネットの出現によって、今や誰にでも実行可能なものになりまし…
言論の世界についてこれから考えてゆくうえで、まずは進んでゆくべき方向をしっかりと見据えておくことにしましょう。今日の記事では、ドイツの哲学者であるイマヌエル・カントが1784年に発表した、『啓蒙とは何か』から出発して論じてみたいと思います。200…
気がつくと、9月ももう7日です。集団的自衛権の行使をめぐる案件が、いよいよ大詰めに入ろうとしています。インターネット上でもさまざまな意見が交わされていますが、このブログにおいても、これから数回をかけて、今のこの国の状況について考えてみるこ…
70年前の今日、私たちの国は、長くつづいていた戦争を終えました。この戦争は、満州事変が起こったときからの年数を数えて、15年戦争と呼ばれることもあります。けれども、そもそもこの戦争が起こった原因をさかのぼってみるならば、問題にしなければならな…
②心のなかで、戦争を完全に放棄する 地球軍の創設というプランは、今のところはまだ現実味がないことを認めざるをえませんが、いずれこの世界において実現しうる可能性であると僕は考えています。数多くの挫折と失敗や、果てしない思考の鍛錬、厳しい現実と…
戦力を放棄することをうたう日本国憲法第9条は、未来の世界の秩序のあり方を先がけて示しているのではないか。そのように言ってみるさいには、主に二つの可能性があるように思います。率直に言って、これらの道は、両方とも実現するまでにははるかに遠い道…
憲法学のなかでは、日本国憲法第9条は人間がもつ新しい権利にかかわっているという議論がなされることがあります。そこでは、次のような主張がしばしばなされます。「平和的生存権と呼ばれるこの権利は、20世紀前半にその萌芽が芽生え、9条によってついに…
気がつくと、9条について論じはじめてから、もう三週間以上もたってしまいました。最初から読んでくださっている方にはとても大きな負担をおかけすることになってしまい、申し訳ありません。終戦の日までには完結しますので、もしよろしければ、あともう少…
前回の記事では、「軍事路線の大国から独自路線の小国へ」というフレーズを立てました。僕は、「大国ではなく小国路線へ」という標語については、9条についてどう考えるにせよ、この国で生きる人たちから少なくない共感を得られるのではないかと思っていま…