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イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

コンゴの話

哲学者とお金 哲学
 
 話をさらに複雑にしてしまいそうですが、もう一つの論点を付け加えておくことにします。僕は最近になってはじめて、コンゴの内乱にかんする情報を知りました。
 
 
 ここでの本題は哲学者とお金の関係についてなので、最低限の言及にとどめますが、アフリカのコンゴではここ20年あまりのあいだに、500万人を超える人々が内乱で亡くなっています。
 
 
 それだけではなく、たとえば、毎年何十万もの女性が今後内部の武装勢力によってレイプされつづけてきたそうなのですが、こうした事態に大きく関わってきた要因の一つが、コルタンという名前のレアメタルの存在です。
 
 
 コルタンは、携帯電話やパソコンなどの電気機器に使用されているのですが、コンゴでは、現在の先進国で使われているコルタンのかなりの部分が採掘されています。
 
 
 ここでも大幅に話を縮めてしまいますと、今後においてここ数十年でこれほど大量の死者が出たことの背景の一つには、先進国の人びとがコンゴの状況を見て見ぬふりをしながらコルタンを買いつづけていたという事情があるようです。軍や武装勢力、鉱山や暴力の連鎖などをめぐる状況について、より詳しいことを知りたい方は、インターネットで検索をかけるとわりとすぐに見つかるかと思います。
 
 
 
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 もちろん、数百万人の死者たちのすべてにたいして先進国の人びとに責任があるわけではありませんが、先進国の人びとの便利で快適な生活のために、コンゴの状況がいちじるしく損なわれつづけてきたことは確かなようです。先進国は、「ローコストならコンゴで何が起こっていても構わない」というスタンスのもと、コンゴのいびつな経済構造を支えつづけてきたようなので……。
 
 
 僕もこれまでの人生で携帯電話やiPadなどを使いつづけてきたので、少なからずショックを受けました。ただ、正直に言って想像力があまり追いついてゆかないというのが実情です。
 
 
 コンゴの例を軽視することはもちろんできませんが、これにかぎらず、私たち自身の便利で快適な生活のために国内や国外の人びとにさまざまな形の暴力が及んでいるというケースは、他にも無数にあることは否定できません。今日はほとんど情報の提示だけで終わってしまいましたが、次回以降は、このことについて哲学の立場から考えてみることにします。