イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

ごまかさなかった南海先生   ー『三酔人経綸問答』の結論

 
 『三酔人経綸問答』の展開も、いよいよ終わりの部分にさしかかりました。洋学紳士君と豪傑君の演説についてはすでに見たので、今回の記事では、街なかに住む賢者である南海先生の言葉に耳を傾けてみることにしましょう。
 
 
 まず、南海先生は、二人の演説の内容はどちらも極論にすぎると評します(たしかに、洋学紳士君も豪傑君も、かなりの極論を展開していました!)。洋学紳士君の平和主義は、すべての人間が民主制にめざめるのでなければ実現できないし、豪傑君の戦争主義は、君主による独裁を限界まで突きつめなければ可能ではない。国の未来を論じるにあたっては、できないことを言うだけではしかたないのだと、南海先生はいいます。
 
 
 つづいて、南海先生は次のように指摘します。洋学紳士君も豪傑君も、世界じゅうの国がみな戦争をしたがっているということを前提にしているようだが、必ずしもそうとはかぎらない。ヨーロッパだってそうだし、ほかの国もそうだ。たとえば、中国は日本と戦争をしたがっているはずだという論者の考えにたいして、南海先生は次のように答えます。
 
 
 「わたしの考えでは、中国はかならずしもそのようなことを考えてはいません。国と国とがうらみあうことになる原因は、たいてい事実にもとづくのではなく、風聞によるのです。」
 
 
 そういえば、今回の安保法案の件においても、中国の脅威が増しているというニュースが、まるでサブリミナルのように付きまといつづけていました。南シナ海のことをまったく無視するわけにはゆかないのはもちろんですが、すでに何度か指摘したように、今のこの国において、中国の脅威がすこし煽られすぎている部分があることは否定できないように思います。風聞が風聞を呼んで、いつか大変なことになってしまわないためにも、軍事的インフレーションをできるかぎり避けつづけてゆくのが、これから先の数十年の課題だといえるかもしれません。
 
 
 本題に戻りましょう。それでは、南海先生自身が提示する政策とは何なのでしょうか。先生が思いえがく、この国の将来のヴィジョンとは。期待に胸をふくらませる二人は、南海先生の答えにあっけにとられることになります。
 
 
 「ともかく立憲制度を確立し、上は陛下の尊厳と栄光を、下は民の幸福を確かなものとする。上院下院の二院を設置し、上院議員には貴族をあてて世襲とし、下院議員には選挙法を適用して選出する、以上です。(……)外交政策については、努めて友好を重んじ、国の威信をそこなうことがない限り、けっして国威と武力を誇示することをせず、言論、出版、さまざまな規制は次第にゆるやかにし、教育の実施、商工業の活動は、次第に充実を図る、などです」
 
 
 議会を開く。友好的な外交をする、言論の自由を認める、教育や商業をさかんにする……。洋学紳士君と豪傑君は拍子抜けしたあまり、思わず吹きだしてしまいます。先生、そんなことくらいは、今どきの子どもでも知っているではないですか。さんざん話しあったあとに、そんな当たり前の結論にゆきつくとは、これはまた……。南海先生は居ずまいを正したうえで、次のように答えます。
 
 
 「ふだんの雑談ならば、奇抜を競い、珍しさを争っておもしろがるのもよろしいが、国家百年の大計とあっては、いたずらに奇抜や新味を求めて喜んでいるわけにもいきません。」
 
 
 こののちにいくらかの展開はありますが、実質からいうと、南海先生のこの言葉が『三酔人経綸問答』の結びになっています。この箇所には「南海先生はごまかしました」というキャプションがつけられていますが、個人的には、これは作者である中江兆民本人の照れ隠しなのではないかと思います。百年先を見すえながら、国の未来のことを考える。南海先生は少しもごまかしたりせずに、とても大切なことを私たちに伝えてくれているからです。
 
 
 
中江兆民 三酔人経綸問答 南海先生 安保法案
 
 
 
 僕は、この最後の言葉が『三酔人経綸問答』のなかでも最も大切な教えであるように思いますが、なぜそうなのかをきちんと説明しようとすると、南海先生の言葉の味わいを消してしまいそうで心配です。そのかわりに、現在のこの国の状況を考えてみることにします。もしも、南海先生が今のこの国を眺めるようなことがあったら、次のように言うかもしれません。
 
 
 「民主制をとっているにもかかわらず、今回、国の最も大切な法律である憲法のことをこんなにもないがしろにしてしまったのは、残念なことでした。確かに、この問題は自分の身近な暮らしにはほとんど関係がないように見えたので、関心を持つことができないのは仕方のない部分もあるかもしれません。けれども、国のあり方そのものが問われているときに知らんぷりをしつづけるのは、よいことではない。なにも政府や議会だけが悪いというのではなく、国の全体が変わってゆく必要があると思います。」
 
 
 そのうえで南海先生にならって、今のこの国に必要なことを挙げるとしたら、次のようになるでしょうか。政府と議会は、憲法のことをもっと丁重に扱うこと。国民は、自分の国のことをもう少し考えて、お互いに話しあうこと。外交については、武力を誇示せず、あまり過敏になりすぎず、近隣の国とできるだけ仲良くすること。教育では、民主主義や自由、憲法や政治といったものの意味をきちんと子どもたちに教えること。こうしたことを行ったうえで、平和を愛し、商業と文化を栄えさせながら、人びとが互いに仲良く暮らす国にすること。以上のようになるかと思います。
 
 
 安保法案と『三酔人経綸問答』の世界を交錯させながらデモクラシーについて考える私たちの探求も、これで終わりです。最後に、これまでたどってきた道をもう一度ふり返りながら、この本を通して学んだことについて考えてみたいと思います。
 
 
(つづく)
 
 
 
 
(Photo from Tumblr)