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イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

金よ、この世の苦しみよ

哲学者とお金 哲学
 
 今日からは、恋愛についで、ひとの魂を悩ませるもう一つの大問題について考えておくことにしたいと思います。それは、お金をめぐる問題にほかなりません。
 
 
 「おお、金よ……。」およそこの世に生きる人間たちの中で、この問題に苦しめられなかった人は、おそらくはほとんど誰もいないのではないでしょうか。お金こそ、すべての人間を内側からむしばむ黒死病であり、心の奥底から深い苦痛のうめき声を上げさせる、最凶最悪のモンスターであるといえそうです。
 
 
 「主よ、金銭のもたらす地獄の苦しみから、どうかわたしを守りたまえ……。」残念ながら、信仰者がどのように熱をこめて祈ったとしても、お金の問題は消えそうにありません。どうやら、この問題については、神の愛だけを頼りに、この地上でもだえ苦しむしかないようです。
 
 
 したがって、哲学者としても信仰者としても、次のような問いを立てる必要が生まれてきます。すなわち、「この世でどのようにお金と付き合ってゆくべきだろうか。」実存の小さくない部分がかかっているだけに、この問いにどう答えるかはとても重要な問題です。
 
 
 
恋愛 金 モンスター 瞑想
 
 
 
 ところで、個人的に話になってしまい恐縮ですが、このブログの筆者は、哲学をすることと瞑想をすることが、何よりも好きです。最近では、聖三位一体や十字架の秘儀といったハイパー・スピリチュアル・コンテンツについて考えをめぐらしながら神秘的な観想にふけっていると、数時間が経過していたということもしょっちゅうです。
 
 
 しかし、このままではさすがにまずいのではないか。哲学といい瞑想といい、どう考えてもお金には結びつきそうにありません。かと言って、この人生でそれ以外にしたいこともなさそうです……。
 
 
 金銭面での破滅が、いつかやって来るのではないか。神よ、わたしはあなたの知恵を渇き求めつづけていますが、お金についてはどうすればよいのですか。あなたの御国に入るまでの心配事にすぎないことはわかっているつもりですが、一体、毎月の国民年金や保険代をどうしたら……。
 
 
 幸いなことに、考えることだけはいつでも自由です。考えたからといって口座の預金残高はいっこうに増えませんが、気のすむまでお金で哲学してみることにしようと思います。