イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

2015年の私たちが立っている地点   ー対話のエートスと、この国の新たなモデル

 
 私たちは前回、日本のホワイト化を進めてゆくために、言論が進んでゆきうる二つの方向性を検討してみました。グローバリゼーション、正規雇用非正規雇用、働くことについての世代間の認識の違いなど、日本人が働く環境については、考えなければならないファクターが数えきれないほどあります。
 
 
 けれども、今回の「日本ホワイト化プロジェクト」では、あえて「自由な言論が、日本のホワイト化を進めてゆく!」という論点だけに限定して論じました。上に挙げたようなファクターについては、また機会を改めて考えてみたいと思います。今回の記事では、これまで論じてきたことを踏まえつつ、このシリーズの締めくくりとして、現在の私たちの歴史的な位置について考えてみることにしましょう。
 
 
 私たちの国は今、歴史的に見て、きわめて大きな転換点に立っていると思います。90年代にバブルが崩壊して以降の私たちの国は、進むべき方向がわからないまま、長いあいだ漂流をつづけている。これはおそらく、経済の領域だけではなく、政治や文化をはじめとする、あらゆる領域にわたって言えることです。立場こそちがえ、さまざまな専門家の方たちが、「ゼロ年代とも呼ばれる2000年代は、ほとんど何も生みだせなかった10年だった」と発言しています。
 
 
 こうした言葉がそのまま正しいかどうかは別にするにしても、高度経済成長のときに築きあげたこの国のモデルはいま、至るところで崩壊を迎えつつあります。けれども、私たちは次の時代を創りあげてゆく新しいモデルをまだ見つけられていません。1945年の終戦から70年を迎えて、私たちは、いよいよこの大きな問題から逃げるわけにはゆかなくなっているのではないか。僕は、日本人が働く環境というトピックは、こうした状況の影響を最も強く受けている領域の一つなのではないかと考えています。
 
 
 私たちの国は、これまでのように「死にものぐるいで働きつづける」という空気を保ったままでは、もうやってゆけないのではないか。あまりマスメディアで大きく取りあげられることはありませんが、若い世代のうちには、今のままの環境で働くことに明るい未来を見いだせないまま、根の深い静かな絶望のなかで苦しみつづけている人も少なくないように思います。これまでの働き方をこの先も続けていては、いつの日か、日本の全体が活力を失ってしまいかねないのではないでしょうか。
 
 
 だいぶ暗い話になってしまいました……。けれども、憂鬱な気分にいつまでも負けつづけているわけにはゆきません!戦後のモデルがもはや通用しなくなっているならば、これから次のモデルを作ってゆけばいい。私たちはいま危機の時代にいるといえそうですが、これから長い時間をかけて社会全体の立てなおしができたら、未来の世代にたいしても誇りを持つことができるはずです。
 
 
 
日本ホワイト化プロジェクト 虎ノ門ヒルズ 対話 エートス
 
 
 
 すでにこのブログにおいてはくり返し論じていますが、僕は、自由な言論空間こそが、この国の新しいモデルの中核になると考えています。エリートや専門家だけではなく、私たち一人一人が活発に対話や議論を行うようなメンタリティーを作りあげることが、次の社会のかたちを創造してゆくうえできわめて重要になってくるのではないか。
 
 
 エートスとは、習慣のことを意味するギリシア語の言葉ですが、一人一人のうちに育まれる「対話のエートス」が、この国の状況を変えてゆくうえでの起爆剤の一つになりうることは間違いないと思います。たとえば、「日本人の働く環境」という今回のトピックについても、対話のエートスが社会のなかに広く浸透するならば、あとは話は早いのではないでしょうか。ワークシェアリング、GNH、スローライフなど、日本だけではなく世界中のさまざまな人びとによって、すでにヒントとなる概念が数おおく提案されています。
 
 
 今回のシリーズでは、「日本人が働きすぎてしまうのは、人びとにそのようにさせてしまう空気があるからだ」と論じました。「日本ホワイト化プロジェクト」が目指すのは、まさにそうした空気そのものを変えてゆくことにほかなりません。日々の生活のなかで充実した喜びを感じながら働くことのできる仕事のあり方について、多くの人で話し合えるような雰囲気を作りあげてゆくこと。生き生きとした言論の営みが社会のさまざまな場面で生まれてくるようになれば、日本ホワイト化のプロセスは徐々に進んでゆくはずです。
 
 
 言うのは簡単でも、実現するのは難しい。国や社会のあり方を根本から変えるというのは、本当に困難なことだと思います。けれども、90年代にバブルが崩壊して以降、ここ数十年のあいだの私たちの国が、重大な方向性の転換を必要としつつ、それをまだ成しとげられないままでいるのも確かです。すでに何度か触れたように、自由な言論空間を求める雰囲気は以前にくらべてずっと強まっていますが、はるか先の未来をめざして、僕もじっくりと腰をすえて活動をつづけてゆくことにします。
 
 
 さまざまな点からみて議論が不十分ではありますが、「日本ホワイト化プロジェクト」の立ち上げということで、今回のシリーズはこのあたりで締めくくりにしたいと思います。この問題については、これからも折に触れてさまざまな角度から論じるということにして、最後に、虎の門ヒルズのカフェでの、まりおさんとNさんとの対話の場面に立ちもどってみることにします。
 
 
(つづく)