イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

世界の贈与

 
 「世界は唯一的な主体であるわたしに対して、ただ一つ贈与される。」
 

 わたしと同じように、わたしが生きることになるわたしの世界もまた、唯一的であるという特徴を持っています。
 

 わたしは、誕生のときに与えられたわたしの特異性に応じて、わたし自身の世界を長い時間をかけて受け取ります。この世界は無数の「これ性 haecceitas」に満たされているとともに、唯一的かつ多様な諸々のリズムによって秩序づけられています。
 

 わたしにはかつて、見るもの聞くもの、触れるもののすべてが存在することの神秘以外のものではありえなかった時代があった。わたしは、多くのものを憎み、多くのものを愛しつつ、わたし自身であるという運命を受け取ったのだった。
 

 この贈与はただ一回かぎりのものであり、別のしかたでやり直すことは決してできません。誰もがただ一つだけ自分だけの世界を受け取るという意味で、考えてみると、この贈与はきわめて厳粛なものでもあるといえます。
 
 
 
これ性 そのたびごとにただ一つの世界の消滅 贈与
 
 

 わたしはなぜ他の誰でもない、あの人をかつて愛したのだろう。わたしはなぜ今ここでこうして、夜の物音に耳をそばだてつつ、わたし自身の生に思いを巡らしているのだろう。
 

 ある哲学者の表現を用いるならば、ひとの死とは、そのたびごとにただ一つの世界の終焉にほかなりません。このことを言った哲学者は、すでに死にました。この言葉を今ここで思い出しているわたし自身も、与えられた自分の時に終わりが来れば死ぬでしょう。
 

 しかし、死の運命にもかかわらず、わたしの世界がわたしの幸福をも意味するということは、やはり否定しがたいのではないか。この意味での幸福は、いわば存在論的な原理のうちに書き込間れているもののように思われます。