イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

この世のアイドルのかたわらで、考えつづけながら   ー猫についての考察のおわりに

 
 私たちは、猫について考えてみるために、レヴィ=ストロースジャック・デリダの思考を追ってきました。じつは、最初は彼らの思考を総括することでシリーズを終わらせようと考えていたのですが、今回の記事のトピックについて夜中につらつらと考えているうちに、それとは少し違った問いがむくむくと湧きあがってきてしまいました。
 
 
 哲学は予定調和ではなく、あくまでも真理をめざすものなので、もともとの予定とは違ってしまうとはいえ、こうなるともう、新しく生まれてきた問いのほうも考えずにはいられません。これまで考えてきたこととも少なからず重なりますが、シリーズの最後となる今回は、その問いを提起しておくことにしたいと思います。それは、「猫がこの世のアイドルなのはなぜなのか」という問いです。
 
 
 猫は、この世のアイドルです!とくに、この国におけるニャンニャンちゃんたちの人気ぶりは、世界的に見てもすさまじいものがあります。あのジャニーズJr.もAKB48も、猫たちの勢いにはさすがに勝てないのではないでしょうか。
 
 
 いまやニャンニャンちゃんは、テレビの報道番組のスタジオの中をさえ歩き回っているほどです。これでは、アナウンサーやコメンテーターたちが一生懸命に社会問題について論じているにもかかわらず、ついつい猫のほうにだけ目がいってしまうということになりかねません!猫グッズの売行きの勢いについては、指摘するまでもないでしょう。猫業界なくして、この国の経済は成り立たないといっても過言ではないかもしれません。
 
 
 ニャンニャンちゃんたちのこの人気ぶりは、どこから来るのでしょうか。「かわいいから」といってしまえばそれまでですが、どうもここにはもっと深い事情が働いているような気がします。
 
 
 
猫 ももたろうくん 哲学 アイドル
(太陽の光を浴びるももたろうくん)
 
 
 
 正直に言って、うらやましいかぎりです。できるならば、哲学にも猫と同じくらいの人気が出てきてほしいのですが、哲学が猫に匹敵するほどかわいくなることはほぼ不可能に近いというのが、とても悩ましいところです……。
 
 
 ところで、僕には夢があります。哲学することの喜びを、もっとこの世の中に生き生きと伝えられるようになりたい。大学で哲学を十年間も(!)学んでしまったために、もうこれ以外のことでは生きてゆけないという事情もありますが、はたして哲学が世の中をよいものにできるかどうか、これから自分なりに挑戦してみたいと考えています。そのためには、少し堅苦しいところのある哲学とはいえ、かわいい猫たちの勢いに負けてばかりではいられません……。
 
 
 本題に戻ります。振り返ってみると、レヴィ=ストロースは猫のうちにやどる赦しのまなざしについて語り、ジャック・デリダは、自然と文明のあいだの区別を揺るがす他者としての猫について語っていました。この二人とも、猫のことを人間の知恵そのものの価値を問いただすような存在として見ていたという点では、共通するところがありました。こちらを見つめる猫のまなざしは、あらゆる言葉の営みを超えたところで私たちのことを捉えます。
 
 
 ミステリアスで、なにか人間をはなれたところにある知恵をもっていそうに見える猫の人気の秘密は、ひょっとするとこの辺りにもあるのかもしれません。人間は、猫たちの姿のうちに自分たちの知恵の限界を見てとって、かえって安心するのではないか。猫を見ているときに心がなごむのは、もちろん文句のつけようのないほどにかわいいからというのもありますが、一つには、「なんだ、自分たちがこんなにもあくせくしているのは、本当は大したことではないのかもしれないな」と思わせてくれるからであるようにも思います。
 
 
 だとすると、哲学はますます、猫たちに負けていられないということにもなりそうです。人間の知恵には、たしかに不十分で、愚かなところもたくさんある。けれども、考えることや知ることは、根本のところではよいことであるはずです。哲学、そして人間は、猫たちのまなざしからとても多くのことを学びとりながらも、言葉によって知恵を求めつづけることをやめるわけにはゆきません!
 
 
 たまには猫たちのもとでなごみながらも、人間たちはまた、日々の営みに戻ってゆきます。こんなに苦労するくらいなら、もういっそ猫たちのように平和に生きていたいのにと時には思いながら、私たちは、それができないことを知っています。なぜだかわからないけれど、毎日必死に頑張らないといけないのが人間だ。哲学も人間の世界もそのようにして、うんうんうなって苦しみながら、一歩一歩先へと進んでゆくものなのかもしれません。辛いときもありますが、そんな時にはかわいい猫たちがいるというのが、私たちの救いの一つです!
 
 
 読んでくださって、ありがとうございました!このシリーズはこれで終わりになりますが、猫については、また改めて考えてみたいと思います。
 
 
 
ウィル 猫 哲学 アイドル
(ウィルも、今回はお疲れさまでした)
 
 
 
 
 
 
[猫といえば、数ヶ月前に『ねこあつめ』について記事を書いたことがあります。もしよろしければ、そちらもご覧ください。]