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イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、キリスト者としてブログを書いています。

「私たちは、働きすぎている」   ーこの国の「空気」について考える

 
 虎の門ヒルズの中にあるカフェで、まりおさんとNさんと僕の三人は、数時間をかけて日本人の働く環境について話し合いました。議論の取っかかりとなる出発点については、三人とも、ほとんど異論なしに合意しました。それは、「私たち日本人は、働きすぎている」というものです。
 
 
 この出発点についてもう少し詳しく述べるならば、次のようになるかと思います。「私たち日本人は、さまざまな面からみて働きすぎている。そして、とくに若い世代にとって、このことはとても大きな負担になっている。
 
 
 高度経済成長の時代ならばよかったかもしれないけれど、私たちは正直にいって、こんなにたくさん働くこと自体には、それほど意味を感じることができない。日本人の全体が、もう少しゆったりと働くライフスタイルに変わっていってもいいのではないか。」
 
 
 僕はここで、数量的なデータを示しながら海外の状況と比較したり、労働時間や休暇の取りかたなどといった具体的な問題点を論じたりしたほうがいいのかもしれません。けれども、この「日本ホワイト化プロジェクト」では、データではなく、私たち三人がこの時に感じていた実感から出発しつつ、日本人の働く環境の全体的な雰囲気を話題にしたいと考えています。
 
 
 ただ、一つだけ、象徴的なデータを挙げておくことにします。現在のこの国では、大学を卒業したあとに就職した人のうち、三人に一人がその仕事を辞めているそうです。厚生労働省は、「景気の影響で希望どおりに就職できなかった世代が、より条件のよい仕事を求めて転職したため、離職率が高くなったのではないか」と分析しているそうですが、この事態はそれだけでは説明できないのではないかと思います。
 
 
 
離職率:新卒後3年以内…短大41.5%高卒40.0%(毎日新聞
 
 
 
 このデータにかぎらず、若い世代が抱えている悩みは深刻です。実感というものはとても大切なものですが、今のこの国の若い社会人たちの多くが、働くことにかんして憂鬱な気分を感じていることは確かだと思います。「なぜ、こんなにたくさん働かなければならないのだろう。」いま、働く環境が原因でメンタル面の調子を崩してしまう人の存在は、けっして珍しいものではなくなっています……。
 
 
 この状況を、少しずつでもいいから、なんとかして変えてゆきたい。もちろん、ブラック企業の問題はとても重要なものですが、問題をそこだけにとどめずに、日本人の働く環境の全体を、もっとゆったりとしたものにしてゆけないものだろうか……!この「日本ホワイト化プロジェクト」では、特定の企業だけではなく、この国全体の雰囲気を変えてゆける可能性を問いかけてみたいと思います。
 
 
 けれども、ことがそんなに簡単には運ばないのはいうまでもありません。対話のなかでの、まりおさんの次のような言葉がとても印象に残っています。
 
 
「日本人が働きすぎているというのは、みんな自分たちでもわかっていると思う。問題は、じっさいにどうやって社会を変えてゆくかだよね。」
 
 
 確かに、その通りです……。とても多くの人が問題だと感じているけれども、変えるのは本当に難しい。簡潔にではありますが、今回の記事の残りでは、状況を変えてゆくのがなぜこれほど難しいのかについて、哲学と人文知の立場から考えてみることにします。
 
 
 
虎ノ門ヒルズ 日本ホワイト化プロジェクト 働きすぎ
(まりおさんとNさんと語り合ったカフェ)
 
 
 
 ここでは、Nさんが言った次のような言葉が、とても大きな手がかりになりそうです。
 
 
「職場の空気みたいなものがあって、誰がいうともなく、みんな働きすぎちゃうところはあるんじゃないかな……。」
 
 
 彼女の指摘は、事態の核心を突いていると思います。「私たちはなぜ、こんなにたくさん働かなければならないのか。」その問いにたいする答えの一つは、まりおさんも公休日についての記事の中で指摘していましたが、この国の「空気」というものの存在が大きいのではないでしょうか。
 
 
 日本人の働く環境をきつくしている影の黒幕のような存在がいるとすれば、とても話はわかりやすいのですが、おそらく、そうしたものはいないはずです。誰のものとも知れないままに漂っている、「私たちは、とにかく死にものぐるいで働かなければならない!」という空気……。なんだか、議論があまりにも曖昧であるようにも見えますが、人文知の知恵を参照してみるときには、ここにこそ問題の根っこがあるのだと言うこともできるように思います。
 
 
 たとえば、政治学者の丸山眞男という人は、ここで私たちが「空気」と呼んでいるものこそが、日本人が向きあってゆかなければならない最も大きな問題だと考えていたようです。彼の主著の一つである『日本の思想』を読んでいると、次のようなメッセージをたくさん目にします。「日本人は、その場の空気にどんどん流されていって、よくない方向に行ってしまいがちなところがある。」
 
 
 ここでいう「空気」なるものの存在について、学問の言葉を使って詳細に分析したのが、丸山眞男が私たちに遺してくれた、最も大きな遺産の一つです。『日本の思想』は、この国の政治状況を問題にしたものですが、そこでの丸山の議論は、日本人の働く環境というテーマにも応用できるものだと思います。
 
 
 本題に戻ります。私たちの国は、他の国と比べてみても、とにかく空気を大切にする国です。もちろん、このことにはよい面もたくさんありますが、働く環境という問題については、この性質が裏目に出てしまっている例なのではないかと思います。誰が言いだすともなく、気がつくと、がむしゃらに働かなければならない雰囲気が国の全体に漂っている……。このことは、改めてよく考えてみると、とても恐ろしいことかもしれません。
 
 
 空気ほど恐いものはない。本来ならば、このことについてもっと詳しく掘りさげてゆきたいところですが、この「日本ホワイト化プロジェクト」は、事柄の暗い側面だけにとどまっているわけにはゆきません!これからさっそく、こうした空気を打破してゆける可能性について考えてみることにしたいと思います。
 
 
(つづく)
 
 
 
 
 
 
 
 
[日本人だけの問題ではないですが、Twitter上でお世話になっている方が、以下のようなニュースを取りあげていました。日本全体の空気が、こうした事態を黙認してしまっている部分はあると思います……。参考のために、リンクを貼っておくことにします。日本人にとっても日本にいる外国人の方たちにとっても、ホワイト化は急務です!]
 
 
 
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