イデアの昼と夜

東京大学で哲学を学んだのち、ブログを書いています。

物があふれているからこそ……。

 
 「ニヒリズムが蔓延しているということは、人間が他者と取り結ぶ関係が変化しつつあることの兆候でもあるのではないか。」
 

 今日の人間は確かに、他者たちとともに生きてゆくことに倦み疲れています。けれども、このことは逆に、他者への渇望がかつてよりも深まりつつあることを示してもいるのではないか。
 

 一般的にいって、昔の人びとには、ニヒリストになるほどの経済的余裕はありませんでした。情報化した高度消費社会が到来してはじめて、万人ニヒリスト社会という皮肉な「ユートピア」が実現する下部構造が整ったといえるのではないか。
 

 あくまでも先進国においてという条件付きではありますが、今の人間には、物はもうありあまるほどに行き渡っています。これはこれで異常とも言えるほどで、現代の世界はまずもって、常軌を逸した物の氾濫によって特徴づけられるともいえるほどです。
 
 
 
ニヒリズム ユートピア ニヒリスト 他者 欲望
 
 
 
 もちろん、このことから受ける恩恵は非常に大きいので、この事態を否定的にのみ捉えるわけにはゆきません。この点については、本来はもっと掘り下げて考えておきたいところですが、今はニヒリズムという本来の主題に戻ることにします。
 

 私たちはすでに、物の次元においては何でも手に入るというくらいの時代を迎えつつある。人間の欲望はその中で、物から人へという大きな転換を長い時間をかけて遂行しつつあるのではないか。
 

 私たちは、他者との関係に心を向ける余裕を持ったからこそ、他者との関係に倦み疲れているのではないか。何とも皮肉な話ではありますが、ニヒリズムという現象は、社会-経済的な側面から捉えてみることもできそうです。